東京都・八王子に「UR都市機構 集合住宅歴史館」なる施設が存在する。ここをひょんなきっかけから見学することになった。
事前に資料も見たのだけれど、本音を言うとそれほど期待していなかった。だって独立行政法人運営のミュージアムって、お堅くて古いものがそっけなく並べてあるだけなんじゃないの?(←偏見)
それに八王子といっても八高線北八王子駅から徒歩10分。遠いっすよ……。
やや斜に構えたスタンスで見学に行ったら、いや、これがもう、おもしろいのなんの。1時間程度で失礼する予定だったのに、気が付いたら5時間も滞在していた。しかも終始興奮しっぱなし。
帰路、八高線に揺られて「なぜあんなにも夢中で見学できたんだろうか?」と思い返していたら、ハタと気がついた。展示内容はもちろん、施設内を案内してくれるガイドがとにかく素晴らしかったのだ。解説が展示物の絶妙な“スパイス”になっていた。
過去のさまざまな雑誌やメディアの記事を調べてみたけれど、「ガイドさんが大変よかった」と触れられてはいても、ガイド自体にがっつりスポットライトを当てた記事はないようだ。
というわけで編集部はその“スパイス”であるガイドに全振りしたインタビュー取材をこころみた。
記事初出:『建設の匠』2020年3月27日
ガイドしてくれたのは増重雄治さんと中島美智代さんだ。
増重さんは1994年に旧住宅都市整備公団関西支社に建築技術職として入社。入社後すぐに阪神・淡路大震災に遭遇、復興に携わった。2007年に関東へ異動となったが、UR人生のうち3分の2は、賃貸住宅の新築や修繕など建築技術に関する仕事に費やしてきた。現在は技術・コスト管理部技術調査課の分室である集合住宅歴史館で勤務して3年目だという。たとえるならば企業博物館の学芸員的なポジションか。
「もともとここには集合住宅の建築技術に関する研究施設である『技術研究所』があって、それが2017年度の閉鎖前まで研究の引き継ぎをしていました。それと同時に、建築関係の来場者からの技術的質問の対応を担っています」
いっぽうの中島さんは、高校卒業後、バスガイドとして働いていたんだとか。結婚後は専業主婦となるも、子供の成長につれて自宅に近いこちらで経理事務職員として働きはじめた。契約満期間際に上司から「中島さん、案内業務に空きが出たからやってみれば」と言われ、8年勤務していてどこにどんな施設があるか知っていた中島さんは、ふたつ返事で引き受けた。以来4年間、合計3名いる施設ガイドのひとりとして勤務している。
この中島さん、はじめて会った来場者に「あれ、どこかで会いませんでしたか?」と尋ねてきていきなりドキッとさせたり、ガイド中もちょっとしたクイズやTVネタ、映画ネタ、団地マニアネタをあれこれ盛り込んでくる。来場者をとにかく飽きさせない。ひとりで見学すれば「へー」と言って30分で終わる見学は、ガイドの力で2時間を優に超える極上のエンターテイメントに変わるのだ。地図に残る仕事ではないけれど、仏に魂を入れる仕事である。
ある時、案内した高齢男性の集団がなにを話しても無反応だったらしい。そこで一計を案じた彼女、「この施設にあるものは、なにに触れても大丈夫なんですよ……わたし以外!」と言ったら見事バカ受け。その後は和気あいあいと進行したそうな。なんちゅうワザや……。
しかも彼女、「わたし、団地妻なんです」と言いだす。いったいどういうこと!?
「実は小学校の頃に団地に住んでいたことがあって。結婚してからも高幡台団地に6年ぐらい住んでいました。その後、戸建住宅に住んでいたんですが、子供が大きくなってから利便性のいいこの近くの団地にちょうど手頃があったのでまた団地に戻って、7年ぐらい住んでいます。団地はすごく好きです」
団地愛あふれる元バスガイド・中島さんの話術と、集合住宅建築技術者・増重さんの豊富な知識に基づく解説。鬼に金棒(どっちが鬼かは知らんけど)。最強にして最良の組み合わせである。
いまから21年前に誕生した集合住宅歴史館の来場者は、年間2,800名程度。かつては研究施設全体を一般公開してた時期があったそうだ。「2,800名のうちの1,000名弱は建築系の専門学校、大学、大学院、あと美術系。つまり建築の仕事を目指す人です。わたしは建築の専門知識がないので、一般の人が聞いても分かりやすく話すようにしています」と中島さん。
あとは海外、中国を中心に中南米やアフガニスタンなど、「日本の建築技術を学びたい」人が約650名。歴史館以外の施設も含めて、日本の集合住宅の建築技術を見学していくのだそうだ。それとデベロッパーや建設会社関係者。そして団体ではないので人数的には目立たないが、いわゆる“団地マニア”さんが数名単位でやってくる。リピーターもいる。
この集合住宅歴史館、入場料が無料なのはありがたいのだけれど、
・事前予約制(電話またはMail)
・平日13:30~16:30のみ見学可
・八高線は日中1時間につき2本運行
というハンディキャップがある。「通りすがりにちょっと寄ってみた」というわけにはいかない施設なことを加味すると、2,800名はけっこう健闘しているほうなのかも。
では、ふたりが考える団地の魅力とは。まず中島さん。
「映画『人生フルーツ』にル・コルビュジエの『家は暮らしの宝箱でなくてはならない』という台詞が出てきたと思うんですけれど、団地って本当にそれだと思うんですよ。
子育て時代に団地に住んでいた時は、外に出ると必ず友達のお母さんと子供のお散歩で会うんですよ。そうするとハイキングがはじまるんです。団地は緑が豊かだから、午前中はお散歩でドングリ拾いをしたりして、ママ友もいっぱいできたので『じゃあ、きょうは〇〇ちゃんちでお昼ね』って順番でみんなの家でお昼ごはんを食べたり。子育てで孤立しないの」
「そうそう、公団の団地は特に緑が多いんですよ。春は桜、初夏は新緑がすごくて、秋には銀杏もキレイ。冬は戸建と比べると全然あったかい。電気代なんかは戸建と比べると3分の2ぐらいで済みます。買い物だってショッピングモールが近かったり図書館があったりと、歳を取っても買い物難民にならないだろうし(笑)。そうそう、ウチの目の前が福祉センターと図書館なんです。コンパクトな中でぜんぶ済んでしまうのはすごく魅力的ですね」
団地の魅力について喋りだしたら止まらない中島さんの言葉を、増重さんが引き継ぐ。
「身もフタもない話ですが、URの中の人、特に建築屋としては団地の建物やメンテナンスについては民間と競合する部分でもあるので、コストも含め非常にシビアに見ています。いっぽうで、これだけ広さと緑のストックを持つ豊かな屋外空間はなかなかないと思うんですよね。屋外空間が広々としてるがゆえに、団地マニアさんにとっては団地全体の建物や給水塔の鑑賞ができる。余裕があればこそ趣味の対象になる。他の物件に比べて団地の魅力とは、そういうところにあるんじゃないかなと、最近思うようになりました」
「ところが世間一般には、屋外空間の魅力はなかなか伝わっていないような気がしていて。これからは、もうちょっと屋外の使われ方を工夫することで、もっと付加価値を付けて、他との差別化ができるんじゃないかと考えています」
なるほど。では中島さん、団地の歴史が詰まった集合住宅歴史館の魅力は? 「博物館や古い建物の展示ってほぼどこでも『手を触れないでください』と書いてあるけれど、集合住宅歴史館にはそれがない。古いお部屋にも入れるし触れるのは売りかなって」。中島さん以外にですよねわかります(←ここ重要)。
そんな彼女は「毎日別の場所に行って景色が変わるバスガイド時代に比べ、いつも同じ施設の案内だと飽きちゃう」と正直に語る。だから、毎回ガイドの内容を少しずつアップデートしているのだ。それには団地マニアさんを含め、来場者からの情報が役立っているのだとか。
結果、かつて団地に住んでいて懐かしさのあまり落涙する来場者や、「……ぼくは団地のことをいままで勘違いしていました」と呻く建築学生もいるそうな。
増重さんも「晴海高層アパートの非廊下階の広々とした感じの空間をはじめて見た時は、圧倒されましたね。いま見てもすごい空間です。限られた条件のなかでいかに豊かな空間をつくっていくかは、江戸東京たてもの園の前川自邸と似ていますよね」という専門家的な視点で歴史館の魅力を語る。
「わたしは団地に住んだ経験はないんですけれど、高校まで暮らしていた北九州市に九州最大の徳力団地が近くにあって、そこに住む友達の家に遊びに行っていました。住んでいた町がベッドタウンとして発展し、さらに土地区画整理やモノレール開通の話に膨らんでいったのを見て『団地はまちの発展のきっかけになっていたんだな』と理解していました。それも建築・都市工学的な学部に進みたいと考えた理由かもしれないですね」
ふむふむ。しかし増重さんも籍を置く建築界では、一部で「団地なんてねえ」を軽んじる向きもあるように思うが……。
「正直、公団に入るまでは『ビルなどの建築に関わるほうが上位』という認識がありました。でも仕事として関わっていくと、勉強しつづけてもやりきれないぐらい非常に奥が深い。やはり日本中に建っているものの数としては、集合住宅は圧倒的に多いですからね。そんな仕事に関われているのは非常にありがたいことだと、いつのまにか考えが改まりましたね」
そう、この施設は集合住宅に関する先人の知恵や思い出が詰まっている。すべての集合住宅に関わる建設パーソンにぜひ見てほしい施設だ。新卒/中途社員研修には100パーセントおすすめできる施設である。
そこで増重さんが付け加えた。
「東京都北区にあるヌーヴェル赤羽台などは著名な建築家の方々に建築設計をお願いしたので、デザイナーズマンションとまではいかないけれど、“シュッとした感じ”の見た目になっています。それと保存するスターハウスに新歴史館の展示物、新旧の歴史の対比も味わっていただけたらな、と」
そう、集合住宅歴史館は移転が決まっている。中央自動車道沿いの北八王子工業団地(ここも日本住宅公団が造成したそう)からスターハウスが残るURのヌーヴェル赤羽台(旧赤羽台団地)に移り、2022(令和4)年度に開館予定の情報発信施設「ミュージアム&Lab」として生まれ変わるのだ!
URのヌーヴェル赤羽台は赤羽駅から徒歩10分圏内。飛躍的に便利な立地になり、知名度も集客率も爆増するはず。それを見越してURとしてもさまざまなプランを計画中なんだとか。魅力的な施設がようやく陽の目を浴びてメデタシメデタシ……と喝采を送りたいところだが、心配な点もある。
ひとつ目は、晴海高層アパートの階段が、職人不足もあって技術的に移設可能かどうか不透明なこと。
ふたつ目に、来場者数増により、いまのようにのんびりじっくりと観られなくなること。
そしてもうひとつ、いまのガイドの体制が維持されなくなる可能性だ。なんせ中島さんは自宅が近いから北八王子で勤務しガイドをしているのだから、彼女に赤羽台は遠すぎるんではあるまいか。ということは中島さんのガイド継続は……。
「そう言っていただけるだけでありがたいです。本当に幸せでした」と三つ指をつく中島さん。
ちょ待ってよ! マイク置いて普通の団地妻に戻る気ですよ。いいんですか増重さん!!
「いや」と目を閉じる増重さん。「3年後から赤羽台の来場者が増えると、ガイドする人間も増やさざるを得ません。しかしガイドによって案内のバラつきが出るのは具合が悪いと考えています。だからこそ、開館までにこの名調子を多くのガイドに引き継がれるように、育成を考える必要があります」
「や、はじめて聞きました。増重さんに褒めてもらった(笑)」と照れる中島さん。といいつつ「URは公的組織なので、こういう案内業務は入札になるんですよね。そういう点でも難しいかも」と現実的なことをのたまう。
「VRとAIがいま流行りなんで、どこの会社さんでもやるぞと言っているでしょうし、URとしてもいずれ可能性はあるかもしれないけれど……。ともかく、この名調子と人を惹きつける力はなにかしらのカタチで引き継いでいきたいですね」と増重さんは話してくれた。しかと聞きましたよ、その言葉。
なにはともあれ、中島さんの名調子&増重さんの名解説を確実に聞いておきたいのなら、万難を排して(有給休暇を取って)北八王子まで足を運ぶしかない。移転までのスケジュールを考えると、おそらく2021年度内が最後のチャンスだ。
集合住宅歴史館は、平日午後にあなたを待っている。北八王子いいとこ一度はおいで!(←すっかり好きになってるやつ)
TEL:042-644-3751
FAX:042-644-3755
Mail:annai01@ur-net.go.jp
電話受付時間:月曜~金曜/9:30~17:30( 12:00~13:00を除く)
参加人数:1名~5名まで
編集部注:新型コロナウイルス感染防止のため臨時休館中でしたが現在は再開しています(2021年8月6日現在)。お申し込み前に最新の状況をお確かめの上お申し込み下さい。。また、おふたりは、いつでもガイドとして随伴してくれるわけではないのでご注意ください。