“〇〇団地”といえば、マッチ箱のような長方形の箱型建築が整然とならぶ空間だと信じて疑わない人は多いだろう。団地出身の筆者でさえもそう思っていた。調べてみると、空から見るとY字型の星型住棟(いわゆるスターハウス)や同じく空から見るとL字型の住棟など、団地の住宅棟にもさまざまなカタチがあるのだと知った。
団地もいろいろだねと勝手に判った気でいたので、川崎市にある高層団地・河原町団地の存在を知った時にはさすがに目眩がした。言葉を失った。
逆Y字型だからである。
は? 「逆」って? Y字? どこから見ての話? ……と情報量が多すぎるのでまずはじっくり写真を見てほしい。そう、見事なY字が空からではなく地上から見て、起立しているのだ。
この逆Y字型の住棟を設計したのは大谷幸夫。そう、あの台形だらけの名建築・国立京都国際会館を手がけた人物である。京都国際会館の竣工から2つの大学の設計を終えたのち、この団地に着手した。1970年のことだ。
なぜ逆Y字なのか。当時の雑誌を紐解くと、大谷はこの団地で「下層部分の日当たりをいかによくするか」に重きを置き、居住環境を低下させず高密度・高層化するかをテーマにしていたようだ。下層部分を階段状にせりださせることで、彼はその課題をクリアした。これにて日中3時間以上の日照(冬至時)を確保したそうな。
それだけではない。大谷は、従来の並列・密集した高層団地のあいだにある子供たちの遊び場が、圧迫感に満ち、いかにも窮屈そうなのが気に入らなかった。そこで逆Y字の内部に長さ×幅×高さ:約50×30×30mの吹き抜けのごときホール的空間をつくりだしたのだった。これで子供たちはどんな天気でも遊べることになった。
さらに逆Y字型は防災上でも有利にはたらく。火災発生してもフロア全体に煙が充満することなく、さまざまな通路から発生場所も確認でき、安全に避難できるようになっているとか――。
「逆Y字」という世にも奇妙なカタチは、団地に住む人のことをどこまでも考えた、愛にあふれたものだった。
ところが昨今の団地が抱える事情にたがわず、河原町団地も子供が少なくなり(区域内の小学校が廃校になるほど)高齢者が増えている。いまやY字下部のバスケコートも使われていない。「日当たりを考えた」とはいうものの、案外夏場の西日はツラかったんではないかという説もある。
でも、いいのである。こんなカタチの高層住宅、この先二度と現れることはないのだから……。
当時の雑誌をめくっていたら、「大谷幸夫の建築にSFを見た」というコピーを見つけた。SFを見せる住宅! その文句には現代のどんなタワーマンションポエムも叶わない。そんな気がする。
記事初出:『建設の匠』2019年10月23日
建物名 | 川崎市河原町高層住宅団地4号棟 |
発注者(事業主) | 神奈川県 / 川崎市 / 住宅供給公社 |
設計者 | 大谷幸夫 / 大谷研究室 / 神奈川県建築部 |
構造設計者 | 青木繁研究室 |
設備設計者 | 櫻井建築設備研究所 |
施工者 | 大成建設株式会社 |
竣工 | 1972年7月 |
構造 | 鉄筋鉄骨コンクリート造 |