パリと真逆の魅力がある街、東京
渋谷のスクランブル交差点に、外国人観光客がわざわざ来るようになったのは、いつごろのことからか。
1日に数十万人が行きかう渋谷スクランブル交差点(写真/Adobe Stock)
ウィキペディアによると、「この交差点が海外へ広く知られるようになったきっかけは、ソフィア・コッポラが監督した2003年の映画『ロスト・イン・トランスレーション』のロケ地のひとつとなったこと」とある。うーん、そうなのか。ウィキペディアはなんでも教えてくれるなぁ。
私がスクランブル交差点の外国人観光客に気づいたのは、10年ちょっと前のような気がする。京王井の頭線沿線の永福町に住んでいるため、井の頭線を渋谷駅で降り、山手線方向に空中廊下(って言うのか?)を渡るのだが、そこに外国人が張り付いている姿を見かけるようになったのが、確かそのころからだった。
最初私は、「何をしてるんだろう」としか思わなかった。まさかスクランブル交差点を眺めているなんて、考えもしなかった。だって、特におもしろくもない、ただの駅前交差点だから。
現在ではここは、ニューヨークのタイムズスクエアと並んで、世界で最も有名な交差点らしいけど、いまだに信じられない。日本人目線では、自国の魅力がわからないことは多々あるようだ。
記事初出:『建設の匠』2019年8月19日
私は、日本の都市景観に強いコンプレックスを持ってきた。大学生の時、初めてヨーロッパを旅して、行く先々がすべておとぎの国に思え、東京を含む日本の都市景観がいかに貧しいかを思い知らされたのだ。
イタリアの街、たとえばフィレンツェなどは、中世そのままなので比較しようとも思わないが、最大の衝撃はパリだった。ナポレオン三世が着手した都市改造計画によって、大規模な街路の新設・拡幅が実行され、シャンゼリゼ通りやエトワール広場などを含む現在のパリが完成したのだが、若かりし私にはパリのすべてがまぶしかった。夕方散歩していて、セーヌ川越しに逆光に輝くエッフェル塔がどーんと見えたときは、あまりの美しさに真剣に呆然とした。
パリの美しさには溜息が出る(写真/Adobe Stock)
ヒトラーもパリには強いコンプレックスを抱き、ベルリンをそれ以上の都市にしようと、「世界首都ゲルマニア」計画を進めていたが、私がヨーロッパから東京に戻ってまず思ったのは、「電柱をなんとかしなきゃいけない」ということだった。我ながらスケールの小ささに涙が出ます。
が、日本は街路幅が狭すぎるため、それすら不可能な場所が大部分。以来私は、電柱についてかなり深い考察を重ねているが、今回は割愛する。
で、結論は、「東京がパリになるのは死んでも不可能!!」ということだった。東京の魅力は、パリとは真逆の方向性にしかない。それはアジア的カオスの部分ではないか? それでも、渋谷スクランブル交差点の魅力はサッパリ見抜けませんでした。
東京でも、パリみたいな都市改造計画が立案されたことが、過去2度あった。関東大震災後と、太平洋戦争後だ。関東大震災の際は、予算不足により規模が数分の一に縮小されはしたが、後藤新平のリーダーシップでそれなりに実行された。しかし太平洋戦争後は、なにしろ敗戦国なのでさらにぜんぜん予算がなかったし、「住む家もない者が多数いるのに、そんなことにカネを使えるか」ってことで、結局ほとんど何もできなかった。
で、前回の東京オリンピックを前にして、短期間で実現可能な応急対策として建設されたのが、首都高というわけだ。
パリの都市改造は1853年から1870年、ナポレオン三世の時代が中心だが、それ以後も延々と継続され、完成したのは20世紀になってから。つまり数十年間にわたる大事業だった。
対する首都高は、具体的な計画が決定してからオリンピックまでわずか5年。まさにアジア的付け焼刃! パリとは真逆の個性だ。都市高速という発想自体も世界初だった。そこから、「首都高を世界遺産に!」という、私の主張が誕生したのである。
“付け焼刃感”こそが東京の首都高の魅力なのだ!(写真/PIXTA)
箱崎JCT、下から見るか? 道に迷うか?
そんな首都高に、最近ついに外国人観光客が注目しはじめているという。
場所は箱崎ジャンクション。6号向島線に9号深川線が合流する部分を下から見上げて、「よくこんな狭いところに、こんな立体交差を造ったものだ」と感心しているとか。
実は私、首都高研究家でありながら、とっさにそれがどこか思い浮かばなかった。なにせ首都高に関して考えてきたのは渋滞対策ばっかりで、議論になってきた日本橋付近を除くと、下から見上げることにそれほど深い関心は抱いてこなかったのだ。
なので、さっそく現場に行ってみた。
「これかぁ……」
ヤマタノオロチとも称される箱崎ジャンクション(写真/PIXTA)
写真では目にしていたが、自分の目でまじまじと注目したのは初めてだった。確かにすごいといえばすごい。でもまぁそんなでもない。箱崎の東京シティエアターミナルから出てくる外国人たちも、誰ひとり注目せず素通りしている。
ジャンクション自体は世界中に存在する。箱崎の場合、用地の節約のため上下線を上下二層にし、そこに上下二層を結合している点と、立地が大都市のど真ん中で、雑然としたアジア的ビル群に囲まれている点はユニークだが、下から見上げたところで、せいぜい3分で飽きるだろう。これじゃ渋谷スクランブル交差点にはなれそうにない。
首都高の魅力は、やっぱり走らなければわからない。
下から見上げても3分で飽きる箱崎ジャンクションだが、走ったら驚異の連続だ。まず、構造が複雑すぎて、入口(箱崎と浜町)と出口(箱崎と清州橋)がどこにどうついているのか、いまだによくわからない!
学生時代、地元(日本橋浜町)在住の友人が、「浜町から乗って真っすぐ走ったら、いつのまにか箱崎の出口から出ちゃってて、もう一度入口に行って料金所のおじさんに『出ちゃったんですけど』と言ったけど、『出ちゃったものはしょうがないねぇ』と、もう一度料金を取られた」と言っていたのを思い出す。
ジャンクションとしても、下層にある箱崎ロータリーはまさに迷宮。3か所ある一時停止では、たまにパトカーが網を張っているので注意が必要だ。なにせここは一応高速道路の中。そこに一時停止があるとは思わない人が多いだろう。
もはや脳が理解を拒否するレベル/©首都高
横を見ると、フェンスの向こうに地味~に東京シティエアターミナルの乗降場がある。そこを過ぎ、あり得ない右急カーブを曲がったすぐ先には、閉所恐怖症になりそうなウルトラ狭いパーキングエリアがあって、その先には信号が待っている。狭くて複雑で多重構造なので、ナビも頼りにはならない。自分がどこに向かっているのか、まずわからなくなる。半世紀前の設計とはいえ、よくぞこんなメチャクチャなものを造ったもんだ。
バスターミナルの存在が混乱に拍車をかける(写真/PIXTA)
世間では、『しょぼい喫茶店』が話題だというが、箱崎ジャンクションは、言うなれば世界一しょぼいジャンクションだ。しょぼすぎて世界一すごい。まさに世界遺産級。こんなもの、他に絶対ない。
ただしこれは、クルマに乗らないと、それも自分で運転して迷ってみないと、本当の魅力はわからないだろう。そこが観光資源としては弱いところである。
上から見るとこれがまたせせこましい。でもそれがいいのだ……(写真/photolibrary)