建設業界のゲーム・チェンジャーとして、各方面から熱い視線を浴びる助太刀CEOの我妻陽一氏。これからの展望、そして事業を進める上での基本スタンスに迫る後編をお届けする。
記事初出:『建設の匠』2019年11月8日
ここでいまさら言うまでもないが、建設業界は人材不足だ。建設職人も例に漏れず、高齢化が進んでいる。若手の獲得、女性の活躍、さらには外国人技能実習生の活躍が期待されている。
我妻氏は、当メディアが以前取材したLGBT人材採用のサポートをするスタートアップ・JobRainbow代表の星 賢人さんと交流があるらしい。彼の才覚に驚き、投資家に引き合わせたり、ピッチイベント(自社の魅力や将来性について投資家に売り込み資金を獲得するイベント)の参加を薦めたんだとか。ということは我妻氏も若手や女性、さらにはLGBT人材などの活躍の場を増やそうと考えているのだろうか?
彼は一瞬考え込み、言葉を選びながら話しはじめた。
「当社のビジョン『建設現場を魅力ある職場に』を達成するには、若年入職率を上げることのプライオリティが高い。若い人の独立にチャンスを与えるべきです」
そう言いつつも、「ぼくは2段階で考えています。若者や女性、外国人人材を入れる前に、既存の人材リソースを100%活かしきることが大切だと思っています。情報の非対称性や古くからの慣習によってマッチングできていない状態がいま起きているのであれば、まずはそれを改善する。それから足りない部分を補っていく」。
サンドウィッチマン出演のCMから、ボクシングの試合に年末のテレビ番組「SASUKE」のスポンサーまでつとめるなど、男性寄りでマッチョな印象を受ける助太刀のマーケティング戦略(先日、『コトラーアワード』というマーケティング界の賞を受賞したそうな)。ユーザーとなる建設職人に男性が多いことから、そこに徹底的に照準を絞っている。
しかし彼いわく、「SASUKE」については失敗だそう。
「Twitterでは『助太刀おもしろい』と大盛り上がりだったし、投資家などに対するブランディングという意味では成功でしたけれどね。……あとで気付いたんですが、休める日の少ない職人さんも年末年始はしっかり休むんです。年末に貴重な休日で家にいるときに、仕事関連アプリである助太刀のCMを観て『よし、インストールするか』とはならないなぁ、と」
我妻氏は職人の心理をそう分析し、静かに反省していた。
それでも、助太刀は快進撃を続けている。会員数は毎月1万人のペースで増え、10月にはついに10万人を超えた。スーパーゼネコンの建設現場の1日あたりの稼動人数が7~8万人だというのだから、助太刀はスーゼネと同じ規模の職人を抱えているのに等しい。
さらに重層構造ゆえに長すぎる支払サイトを改善するため、「助太刀Pay」をつくった。首都圏や関西圏だけだったけれど、福岡や沖縄でもサービスを開始した。
昨年大阪を襲った台風15号以来、積極的に災害支援にも取り組んでいる。まるで運転免許証のドナー登録のように、災害支援の経験をプロフィールに盛り込めるようにするなど、災害支援に対しては採算度外視でもやっていきたいと意気込む。
6月には7億円の資金調達を成功させ、ファンドも事業会社も、ラジオ局のニッポン放送までが出資しているほど、投資家界隈からはモテモテだ。彼らが標榜する「建設業に従事する、すべての人たちを支えるプラットフォームへ」を、着々と実現しつつある。
それでも我妻氏は「自分は本当に強運だったので」と謙虚さを崩さない。
「ぼくがあるイベントで講演しているとき、たまたま後ろのほうで聴いていたようで、その日の夜に電話をかけてきてくれたのがセブン銀行の松橋常務(現・専務執行役員)でした。一週間後には役員の方を3人連れてきて、半年後にはもうリリース。クレディセゾンさんも同じように連絡がきました。ぼくにとって一番ラッキーだったのは、応援したくなるようなビジネスアイディアを選んだことだと思います」
建設業で働いていなくても、近年の建設ラッシュや災害復旧などを見て、建設業の重要性を認識した人は多いのではないだろうか。そして、IT化が遅れていることもまた周知の事実だ。
だからこそ、助太刀が社会をより良く変えていくサービスなのだと、言葉を尽くさなくても分かってくれる。助太刀を「外部から助太刀する」応援団が増えていくのは、当然といえば当然だ。
唯一の悩みは、とんでもない勢いで急成長しているだけあって、社内体制が追いついていないこと。「助太刀なのに社内で“助太刀”してくれる人が必要です」と我妻氏は苦笑いした。
「⾃分が職人だとして、現場で会った職人さんに『助太⼑交換しましょう』と持ちかけたとき.『おれ、助太刀やってないんだよね』と答えられたら、『(え、助太刀に登録できないのか……コイツちょっと怪しいぞ)』となるぐらい、信頼度の高い仕組みを目指しています」という我妻氏。
すると「ちょっと勘違いされがちなんですけれど」とわずかに眉間にしわを寄せる。「……Uberみたいだと言われるんです」。え? あの「シェアリングエコノミー」のウーバー?
「助太刀によるマッチングが普及していくと、『建設職人はみんな個人事業主になってしまうんじゃないか』と思う人もいるんです。特に国は『建設業に若い人を入れるために社員にして、社会保険に加入させるべきだ』というスタンスですからね」
「われわれは国土交通省さんと何度も意見交換を重ねていて、『ぼくらはUberではない。一時的に一人親方が増えるかもしれないけれど、彼らが助太刀を使って大規模現場の仕事を獲って、儲かれば仲間を社員にすることができる。さらに儲かれば、その社員を社会保険に加入させられる』と伝えています。5年後や10年後に建設現場を魅力ある職場にするような人たちをぼくは育てているつもりです。いま、この瞬間のアプローチは違うように映るけれど、彼らと目指しているゴールは一緒です」
国交省の若手チームが我妻氏を尋ね、濃ゆ~い意見交換をしたこともあるんだとか。
「官僚のみなさんは実はアツい人が多くて、意見交換後に『感動した!』とすごく長いメールをくれるほど。省内でファンができはじめているので、ここは地道にやるしかないなと。逆に『建設業界をぶっ壊す!』的なスタンスでは絶対にうまくいかないと思う。ぼくも建設業出身ですから、ゆっくり時間をかけてやっていくつもりです。ロビー活動だってすごく大切」
ここで我妻氏が急に「思い出した!」というエピソードをひとつご紹介したい。大手サブコンの現場で勤めていたとき、某社製CADの売り込みがあったそうだ。実はサブコンの購買部に営業に行っても門前払いされていたので、現場に顔を出すようになったのだ。
若き我妻氏らはその便利さに惚れ込み、現場単位で契約する。現場ごとの契約が積み重なって、最後は大変な請求額になってしまった。焦った購買部は「会社で契約したのでもう個別で契約しないように」。めでたく一括採用となった……という話。「これって、建設業界をすごく表している話だと思いません?」と我妻氏。
そう、ピラミッドの頂上から働き方改革や4週8休を呼びかけても、末端にはなかなか届かないもの。同様に「助太刀を使ってくれ」と役所やゼネコンに売り込むよりも、気が付けば10万人のユーザーを抱える助太刀の「数の論理」で、足元からひっくり返した方がいい。「50万人までユーザー数が増えれば、本当にすごいことになるな」と某ゼネコンの部長に言わしめた我妻氏は、ひそかにその日をねらっている。
ただ、これだけの巨大産業だから、一足飛びに業界を変えられるとは思っていない。ベンチャーの社長という経歴からは意外に思うぐらい、彼は堅実で泥臭い人間なのである。
それは、渋谷のオフィスを見てもあきらかだ。我妻氏はいわゆる“渋谷のIT社長”なのだが、助太刀のオフィスが入居するビルは決して最新設備を備えたきらびやかなビルではない。本人も「だってぼく、いま車も持っていないし」と屈託なく笑う。
「前もラジオ番組に出演したら、パーソナリティの第一声が『我妻さん、結婚されているんですか? IT社長なんで、女子アナか女優と付き合っていると思って』ですよ(笑)。みんなIT社長というとそう連想するけれど、ぼくはそういうのはあんまり興味がないので」
彼はスーパーカーや豪邸を所有したり、モデルと付き合うことを目標とするタイプではない(余談ながら、一級建築士として設計事務所に勤めている奥様がいる)。彼のスタイルはやっぱり「着実に、堅実に」。
あなたをそこまで掻き立てるものは、いったいなんですか?
「これまでは現場で、職人さん自身が『若いやつなんて来ないよ』『自分の息子には絶対にやらせたくない』と言ってしまっていた。でも助太刀によって、若い人がしっかり稼いで、チャンスをつかめる環境になってきたんじゃないかと思っています。若い人にはどんどん会社を立ち上げたりしてほしいし、そこにまた『職人って、カッコいい』と若者が集まる流れになってほしいんです。ぼくは、そのお手伝いをしたい。一人親方になって会社をつくったら、今度は社員を募集できるようなサービスもつくっていかないと……。
ある方に、『産業の骨格を変えるようなビジネスモデルだ』と言われたことがあります。そんなビジネスモデルを選べたのはすごくラッキーだし、嬉しいし、いまの仕事は楽しい。自分がやりたかったことができているので、夢のようですよ。ぼくはただ、この社会を良くしたいだけ」
いずれは世界各地の建設業界にも果敢に討って出ていくはず。我妻陽一という「純粋無垢なイノベイター」の快進撃は、まだまだきっと、止まらない。
写真/髙橋 学(アニマート)