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建設人事のお悩みに圧倒的熱量で寄りそうメディア

建設業界のイノベーター・助太刀CEOの我妻陽一氏は「『業界をぶっ壊す!』ではうまくいかない」と堅実に歩を進める【前編】

編集部 2021年07月15日

世界から、建設職人が消えたなら――。

そんなことはありえないかもしれないけれど、「そんなの絵空事だよ」とせせら笑っていてもいいのだろうか。

1997年に約450万人だった建設職人は、いまや300万人台に。建設業界は空前の好況にもかかわらず、独特の商慣習によって、その利益は彼らに健全に還元されているとは言いがたい。進みつづける高齢化、それによって起こる匠の技の断絶。建設職人なしで建設業界は成り立たないというのに、持続可能性の不安を内包している。

そこにさっそうと現れたのは、建設職人マッチングサービス「助太刀」を運営する助太刀CEOの我妻陽一氏。なんでも「建設職人を、若者が憧れる仕事にしたい」のだという。“渋谷系ITベンチャーの経営者”といういかにもキッラキラしていそうな肩書きを持つ男は、なぜそんな夢を抱いたのか?

記事初出:『建設の匠』2019年11月7日

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建設職人の現況と助太刀が生まれたワケ

はじめに、“助太刀”とはどんなサービスか、簡単に説明しておきたい。

建設業は約500万人が働く受注産業であり、典型的なピラミッド構造である。そのうちおよそ330万人と大多数を占めているのが建設職人だ。

助太刀以前の建設業界は、発注者から受注して施工するゼネコン(元請け)が、各協力業者に「来週は200人ほしい、再来週は10人でいい」などと依頼する。

重要な点は、労働者派遣法第4条によって建設業における人材派遣は禁じられていることだ。330万人のうち約290万人は雇用保険に入っていない事業主、いわゆる“一人親方“である。

というわけで、元請けの協力業者は自分たちのネットワークやツテをたどり、電話連絡して建設職人をかき集めていた。きわめてアナログな世界である。しかも一口に「建設職人」といっても70種類以上の職種があり、彼らの専門性の高さは余人をもって代えがたい

こんな状況に、各元請けの職人囲い込みが拍車をかける。仮に同じようなスキルを持つ建設職人でも、元請けの外の世界に取引が広がらず、枠を超えた横のつながりが生まれない。「型枠大工がいないから納期に間に合わない」と悲嘆に暮れる現場のすぐ近くで、次週の仕事が空いてしまった型枠大工がいる……。

こうして「未曾有の建設職人不足」という状況ができあがった。

助太刀は、発注者と建設職人マッチングのためのスマートフォン(スマホ)のアプリとして開発された。とにかく扱いやすさに重きを置き、実名登録制や、互いに受発注者になる関係の建設職人の相互評価システムによって信頼性を担保し、職種も74種にまで細かく分類されている。マッチングアプリというより、もはや建設職人用のコミュニケーションSNSといった趣だ。

お笑い芸人「サンドウィッチマン」を起用したあのCMもまた、大きなインパクトを与えたことに疑いの余地はない。彼らの起用を思い付いたのはどこの大手広告代理店でもなく、我妻氏自身なんだとか――。

電気設備施工管理の仕事はおもしろかった

そんな我妻氏の経歴を見ていて、ふと違和感を覚えた。

大学では経済学部に在籍。

大学院はMBAコースを修了。

大手サブコンで施工管理を経験。

独立して電気工事会社を設立――。

家業が建設業を営んでいたわけでも、建設系の勉強をしていたわけでも、IT系の会社に籍を置いていたわけでもない。彼が革新的なIT×建設ベンチャーである助太刀を起業するに至ったきっかけが、どうにも見えなかったのだ。

「実は、ずっと起業志向は強かったんです。30歳ぐらいになると、小学校のときに埋めたタイムカプセルが送られてきますよね。あの中に入っている作文に『将来の夢:経営者』と書いてあったので、自分はブレてないなぁと思いました(笑)」

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いつか起業したいという漠然とした想いは抱えつつ、「縁あって中途入社した」大手サブコンで、まずは施工管理職に就いた。ここで彼は1回目の覚醒をする。

電気施工管理の仕事って、おもしろいんですよ。病院やホテル、特高受変電設備のような数千人単位で人が動くスケールの大きい現場を請け負っていたので、やりがいはあったし、楽しかった。入社して仕事をしているうちに、誇りを持てるようになった感じですね」

現場で泊まりこみで図面を描いたり資料をつくったり――長時間労働に骨を折りながらも、働くうちに建設業へのやりがいを感じていた我妻氏。しかし、30代目前にして根っからの起業志向がむくむくと頭をもたげてきた。そんなわけで電気設備関連のノウハウを生かし、独立。当初は所属していたサブコンから仕事を請けていた。

しかし、起業10年目を迎えようとする我妻陽一(38)の頭の中を、今度は別の疑問が支配するようになる。「自分は本当に独立して、会社を経営していると言えるのか?」と。

どんな大きなゼネコンやサブコンから仕事を受注しようが、結局は“下請け”構造である。社員の給料も実入り次第なので、それを自分の意思で決められているとは言いがたい。このビジネスモデル自体に価値はあるのは分かっている。だが、これは本当に自分がやりたかった起業なのか……と悩んだ我妻氏は、ここでいきなり立教大学大学院のMBAコースに飛び込んだ。

「大学院は当時池袋に住んでいて、家が近かったので(笑)」というぐらい行き当たりばったり感が強かったものの、彼はここで「経営とはなにか」を考え直すきっかけをつかんだ。2回目の転機である。

「当時は、AirbnbやUberがアメリカの西海岸から出てきた頃です。こういう人たちがいることを知って、はじめて“スタートアップ”という言葉を知ったんです。それはもう、びっくりした」

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革新的なビジネスモデルを考えて、ベンチャーキャピタルから出資を受け、彼らのネットワーク力を使い、急成長させる。そうして社会を変える。「ぼくはこれがやりたかったんだ!」と我妻氏は目覚めたのだ。

建設業の経験を活かしたり、それに縛られたり

ちなみにマッチングアプリ「助太刀」の原型となるアイディアを思いついたのは、このMBA在籍時なのだが、興味深いのは、この時点では自分の経験を活かして建設業界を変えるスタートアップをつくろうとしていたわけではないことだ。むしろ……。

「後期課程に入ると、ビジネスリサーチという企業研究か、それとも新しいビジネスデザインをつくるか、いずれかで修士論文を書きます。ぼくは当然『新しいビジネスを考えよう』というほうが楽しかった。のちの共同創業者と一緒にいくつかアイディアを出し合って、インバウンドや外国向け事業、教育事業などをいっぱい考えたんですよ。助太刀は、その中のひとつでしかなかった

ふいに「ぼくはゆでガエルだった」と当時を振り返る我妻氏。どういうことです?

ぼく自身が、助太刀のアイディアの革新性にあまり気付いていなかったんですよ。300万人いる建設職人の手配の手段が電話連絡のみだなんて考えてみればおかしいんだけれど、ぼくもずっと建設業界にいたので、『まぁそんなもんでしょ』と思っていた」

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ところがMBAでも、修了後に通ったプログラミング学校でも、彼のいくつものアイディアの中でもっとも反響が大きく、「実現すればすごいことになるぞ!」と言われたのは助太刀だったのだ。建設業界を俯瞰的に見られるようになっていた我妻氏も、「実は自分がいた世界に、一番解決すべき問題があったのか」と理解するに至った。

2017年3月、MBA修了後に「東京ロケット(助太刀の前身)」会社登記。プログラミングを学び(ようやくここでITの話が出てきた!)、半年後にデモ版を完成させた。それがベンチャーキャピタルのあいだで話題を呼び、資金調達の声がかかりまくる。――いまからわずか1年半前の話なのだから驚きだ。

保守的な考え方の持ち主が多い建設職人に、当初は「アプリで集めた職人なんて、大丈夫なのか?」と疑われたそう。そんなときにはどうしたかというと、「『ぼくも電気工事会社の社長を10年やってきたんですよ。いままで人集めで困ってきたでしょう? それを変える仕組みなんです』と言えば、みんな相好を崩して『なるほど、そうなのか』と仲間のように受け入れてくれた」。

建設業界にいたからこの複雑な構造を知っていたし、いまでも同じ目線で話ができるのは得だと思う」と語りつつも、我妻氏はかつて生粋の建設パーソンだった自分を、冷静にこう見る。

MBAに通い、建設業界と距離を置いて考えていたからこそ、根本的な問題に気付けたのでは、と思います。ずっと施工管理をやっていたり、電気工事会社の経営者をしていれば、『あくまで現状の範囲内で便利にしよう、効率を上げよう』程度のものしか考えつかなかったかもしれない」

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「建設職人のみんなにパソコンで情報を登録してもらって、それをデータベース化すればいい」

誰もが考える夢のような話である。いわゆる「建設キャリアアップシステム」もその類だろう。しかし、すべての建設職人に向けてスマホアプリをつくるという発想は、さすがに日本中のどこにもなかった。

なぜか。それは当時、「建設職人はスマホを持っていない、持っていたとしてもアプリを使いこなせるわけがない」という先入観があったからだ。一方で、iOSやAndroidのアプリ開発は大変な労力と費用がかかる。参入するにしてもきわめてリスクの高い事業だったのだ。

しかし我妻氏は、それまでに建設現場で目の当たりにしていた。詰所や車の中で、建設職人がスマホを使ってゲームアプリにいそしんでいるのを。スマホの爆発的な普及も追い風になった。「多くの建設職人も、現場に出ていたときのぼくも、パソコンなんて使ったことなかったけれど(笑)、『職人とスマホの相性はいい』と確信していました」

彼だって、長く同じ世界に浸っていたがゆえに「当たり前」に染まり、ゆでガエルのごとく思考停止してしまう寸前だった。既成の概念を疑い、思い切った決断をする――そんな我妻氏のアクションには素直に脱帽する。

さて、助太刀のようなスタートアップにとってはスピード感が重要だ。では彼もやはり、建設業界を一気にひっくり返そうと勢い込んでいるのか――と思いきや、筆者のその予想はあっさり裏切られたのである。

後編へつづく

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