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【後編】「トンネル切羽の“声”が聞けるのは人間だけ」佐藤工業社長・宮本雅文氏の確信

「どんな機械の制御もデータ分析も、結局は“匠”の人間が判断するしかない」。佐藤工業社長の宮本雅文氏はこう断じる。後編では、建設DXを推進しつつも、人の可能性を信じつづける宮本氏の心中に迫る。

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記事初出:『建設の匠』2018年12月27日
写真:奥村純一

 

外国人人材にできること、できないこと

東南アジアにおいて現地労働者を雇用し、事業展開してきた佐藤工業。日本の匠の技を教え込んでいけばある程度のレベルまでは到達する、と宮本氏も認める。

「すでにいまもさまざまな建設現場で外国人の研修生が働いていますよね。海外においても、旋盤工でいえば、タイの人たちは、間違いなくしっかりと仕事します

しかし、と宮本氏。

「彼らをなぜ建設会社に社員として入れられないか。建設会社で働くためにはものすごくたくさんの資格を要するんですよね。たとえば研修生が日本語表記の運転免許証試験に受かるかというと、厳しいのが現状です。火薬を使う場合にも、発破技士の資格が必要になってきます。この資格を持つ外国人の方を、私はまだ知りません。建設業界は安全性を重視して、とにかく資格が要る仕事なので……」

さらに日本語を習熟し、繰り返し鍛錬を積んで仕事がこなせたとしても、これ以上にプラスアルファの発想力や気遣いが持てるか、と宮本氏は問う。

東南アジアのある国で行われた立食パーティで、ホテルの現地の人に食べ物を頼んだところ、「もうこれ以上はテーブルに置ききれないのに、止めるまで料理を運んでくる」という。そんなエピソードを苦笑しながら開陳し、日本人ならばテーブルの様子を見て判断する、そんな前後のことまで考えた行動が、匠の技に必要ではないか、と提起する。

指で触って、0. 何ミリの仕上がりの差異を確認するような、そんな“匠”の世界に到達するには、対象に気持ちを入れ込めるようにならないといけない。そこには国民性や文化の壁はあるように思います」

おそらく、彼の物言いに対する賛否はあるだろう。しかし、海外の現場で丁々発止と渡り合ってきた彼の発言もまた、ひとつの真理であり、決して無碍にはできないものだと思う。

ICT化や働き方改革を推進する覚悟

人手不足のニッポン建設業界において、いまホットな話題は「i-Construction」と「働き方改革」である。佐藤工業も例外ではなく、前者についてはレーザースキャナやBIM/CIMやドローンの活用を積極的に行っている。

「たとえば、トンネル工事の機械による省力化は間違いなく進んでいます。私が(業界に)入った40年前は、ひとつのトンネルを掘るのに、70人ぐらい職人さんがいた。いまは同じ規模のトンネルを12人で掘っています。元請け社員も15人だった頃から、いまや6、7人です。もうこれ以上、人が減らせないぐらい

一方で建築施工現場はまだまだ人手に頼るところが大きいため、省力化に時間がかかるというのが宮本氏の見立てだ。BIMの技術者が不足しているのでは? と尋ねると、「なにも建築士だけに(BIMによる設計)を負わせるのではなく、たとえばゲームをつくるようなプログラマーにもこの業界に入ってもらえればいいのではないか」と大胆な意見。

また働き方改革の面では、長時間労働の抑制や女性が活躍できる職場づくりを行っている。

「建設会社が急激に改善しないと、次の世代が入ってこないのは、みんな分かっています。そのために業界一緒に取り組んでいる。もちろんハードルはいろいろあるし、できない理由はみんな分かっている。それを議論しても仕方ないんです。だからできる範囲からやろう、と。

たとえば、“4週8休”実施のために工程を遅らせても発注者はOKしない。でも我々が知恵を使って、もっと効率のいい働き方を実践すればいい。先に言い訳がましいことを考えるんじゃなくて、実現のためにちょっとお金がかかってでも、BIM/CIMでもなんでも自動化・省力化にチャレンジしようと言いたいです。

最初の投資コストはすぐには回収できないでしょうけれど、将来的に回収できるのは目に見えている。それでいいものさえつくっていけば、この先も必ず仕事はあります。“痛み”があっても、やらないといけません

みんなが適切な休憩を取りつつ、なかよくてきぱきと仕事をしていけば、間違いなく1週間に1日の休みを増やすぐらいの改善はできるはず、と宮本氏は話す。

とはいえ、長い歴史と慣習を有する業界だ。社内や古い付き合いの協力業者にも、「これまでの働き方を簡単には変えられない」と考える人もいるのでは?

「ええ。こんなもの、押しつけたらうまくいきませんよ。同じ土俵の上でみんなで汗かいて、ちょっとずつ変えましょうよ、(研究や開発に)お金も使っていきましょうよ、と言っています。社内でも一緒にやっていこうという空気を感じています。

いま、現場でも月4回の日曜日はほとんど全員休んでいますし、土曜日も1回ぐらい休むのは当たり前。それで『仕事がなくなった』『お客さんが離れた』という話も聞かないから、きっとできますよ」

佐藤工業社長は、こうもつぶやく。

10年前のような仕事がなくなっていく時代に比べれば、いまなんて幸せです。ちょっと痛みを感じたって、やればいい」

――仕事や人材を失うほどの大きな“痛み”。

2002年に会社更生法に基づく手続を申請する前後、涙を呑んで多くの人材を手放した佐藤工業が語る“痛み”には、言いようのない重みと説得力がある。

「建設業界は悪い業界じゃない。一生懸命、改革に取り組んでいます。間違いなく新しい“3K”(希望・給与・休暇)職場にします」

宮本氏は、まるで決意表明をするかのように語った。

AIに仕事を奪われる人間になんてなるな

66歳の宮本氏は、先の見えない業界を不安に思う建設パーソンとその予備軍たちに、どんなことを伝えたいのだろう。

「“一品生産”という建設業ならではの魅力があります。一品モノをつくったときの満足度は、建設業界以外ではなかなか味わえないし、感じられない。一品一品造るときの喜びは、入って、経験しないと分からない。だからとりあえず入ってみてほしい(笑)。

たとえば北陸新幹線。開業後、利用者数が減るかと思ったら、3年経っても減っていない。それは便利のよいものが利用者に評価されて、彼らにリピートされているからなんです。

北陸出身の佐藤工業としては、富山~金沢~福井という北陸地方が脚光を浴びているのは、我々が15年前から一生懸命頑張ったからだ! と発信したいところです」

VRや仮想通貨など実体のないものがあふれる世の中で、なかなか人目には触れないインフラというものをつくる喜び。派手さはないかもしれないけれど、彼らの流した汗が、結んだ絆が、多くのユーザーの新しいつながりや絆を生み出していく。宮本氏はそう確信している。

そして「いずれAIが人間の仕事を奪う」という言説が飛び交う昨今においても、宮本氏は、人間の可能性をまだまだ信じている。

「どんな機械の制御もデータ分析も、結局は“匠”の人が判断するしかない。そして山の声を聞くことができるのは、“匠”の人だけです。AIがいくら進歩してもそれを使うのは人です」

こう言い切る宮本氏の眼には、数々のトンネル現場を経験して研ぎ澄まされた“スピリット”が宿っている。

AIよ、人間を舐めてかからないほうがいい。宮本氏のような人間の感性を、きみは超えていかなければいけないのだから――。

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