世界最大級の組織設計事務所、日建設計。建築設計の仕事がAIに取って代わることのないように優秀な人材確保に余念がない。ではその人材の育成方針は、チームのベクトル合わせはどのようにしているのか? 続けて亀井氏に訊く。
※本インタビューは2019年の社長在任中に実施
記事初出:『建設の匠』2019年8月29日
写真:髙橋 学(アニマート)
一方で人材育成面はどうかというと、中堅社員や管理職者の研修についてはまだまだ充実させている最中だとか。
「さまざまな研修メニューがありますが、どちらかというと技術的な面の研修です。部下を持ったときのコミュニケーションの仕方など、そういう研修は不十分かもしれないですね、たしかに」と亀井氏。
また中途採用も新卒と同じぐらい採っている日建設計だが、彼らに対する研修制度についてはまだ構築中の部分もあるのだとか。ダイバーシティが保たれるのは結構だが、日建設計のカラーが浸透していなければ、企業としての方向性はバラバラになってしまう。カルチャーフィットが現時点におけるひとつの課題ではあるようだ。
そこで現在、亀井氏らがおこなっているのが「Quarterly Message」という会である。
「経営側から、いま自社に関する旬の話題を社員にとにかく提供するんです。『進行中のプロジェクトはこういうものです』『海外ではこんなことが起こっています』、あるいは『こんなことがいま、問題になっています』など、プロジェクトや経営課題の話をするために3か月に一度、東京、大阪、名古屋、九州を巡業し、また同時中継もしています。そこで社員のみなさんから質問を受ける時間も取っている。こうしてダイレクトコミュニケーションを図ろうとしています」
もともと先輩後輩、上司部下に関わらず「さん」付けで呼び合うフラットな文化があるという日建設計。それでも伝わらない想いがあるなら、会いに行けばいいし、話を聞きに行けばいい。きわめて分かりやすい。
「それから」と亀井氏は続ける。
「当社は食堂がないので、2週間に一度ぐらい、各フロアで一緒にランチ会をやっていて、ふらっと昼食を食べに行きます。わたしと副社長とで各フロアをまわっているんですけれどね」
3か月に一度の「Quarterly Message」、2週間に一度の「フロア別ランチ会」――。海外出張も多いであろう日建設計社長としては結構な頻度のように思うけれど、それでも亀井氏は全国のオフィスや本社の各フロアを訪ねまわる。どれほど彼が日建設計という「チーム」のコミュニケーションを重視しているかがお分かりだろうか。
「わたしたちが社員に対して思っていることと、社員の人がわたしたちを見て思っていることは、かなりズレがある場合もある。こちらがフラットに付き合っている、あるいは話していると思っていても、向こうから見れば、ぜんぜん違うとか……。そういうことに気づく、いわゆる気づきの場です(笑)」
「会いに行けるアイドル」ならぬ、「会いに来る社長」。それもプロジェクトを成功させるため、対等に意見を出し合える日建設計の社風を保つために、生み出されたものなのだ。
クライアントやチームメンバーとのコミュニケーションを図り、ステークホルダー間のバランスを保ち、仕事を進めていく上での心得とはどんなものだろうか?
「うちは比較的『あれはダメ、これはダメ』と締めつけのない設計事務所で、人がやりたいと思うことは、まずできる環境にしていると思っています。チームでアイディアを出し合って、もっとも可能性のある提案をさらに高めていく。
それと同時に、チームで取り組んでいるので、いい提案を出した人だけの手柄ではなくて、『チーム全体でつくりあげた』となることも大事だと思う。誰かひとりが天狗になってしまうと、同じチームの人もあまりいい思いをしないですから。アイディアの押しつけももちろん良くない。個々の個性も伸ばさないといけないけれど、チームのメンバーが気持ちよく一緒に仕事ができる環境をつくっていかなければいけない。両立は難しいんですが」
組織設計事務所の強みであるチームワークを維持するための調整力、それはたしかに大切だ。だが、亀井氏は大学教員などから「建築学科を卒業した人が発注者側を選んでいく」とよく聞くのだという。発注側ばかりが増えて、設計や施工をする人がいなくなったら、どうなってしまうのか――。そこでこんな話もしてくれた。
「『給料がいい』とか『安定している』など、待遇的な面もあると思うんですよね。それから『自分で手を動かしてなにかつくるより、巷にあふれるさまざまな情報を集めて仕事をすればいいじゃないか』的な考えもあるでしょう。なんだかじっくり考えて、集中してものをつくりだして、喜びを生む、そんなことに対する興味が若い人たちに少なくなってきてるのかなぁ。
あと、最近は、まず指示を待って、指示が来たらそのとおりにやってみるようですね。かつては、どちらかというと指示をされたら、まずそれに反抗するみたいな空気があった(笑)。いまの社員がみんなそうなっちゃうと、それはまたそれで困るんですけれど。
でもね、『これはどうなんですか』と食い下がる勢いはあってもいいと思うんです。一度そこでぶつかってみて、あらためて違うレベルで答えを出すような姿勢があってもいい。いまの若い人は、なんとなく遠慮しがちな気がします」
え、調整力が必要なんじゃないの? と思われるかもしれないが、「ものづくりにパッション(情熱)は必要だ。それが他と違うものを生み出すことにつながる」という彼の意見にはうなずかされる。調整も配慮も大切だけれど、ときには己の魂の発する声をぶつけるべき。ものづくりは、根っこにパッションが必要なのだ。
確信した。調整上手な一面はもちろんあるけれど、亀井忠夫という人は、やはり根っからのクリエイターだ。
今後、優秀な人材を獲得していくためにも、ブランドイメージをさらに上げていき、建築に関わらない一般の人が知るような会社にしたいと、亀井氏は今後の展望を語る。
「一般の方から見れば、建築界って黒川紀章や丹下健三など“ザ・建築家”とゼネコン、その2極なんですよ。われわれのような組織設計事務所は、ゼネコンと一緒に見られることも多々あります。『ある特定のクライアントに利益誘導してる、社会のために仕事しているのか?』という見方をされることもあります(苦笑)。
そうではなくて、これからは『直接的なクライアントはディベロッパーや鉄道会社ですが、最終ユーザーは一般の市民。わたしたちはそのあいだで公正中立な立場で、常に社会のことを考えながらやっているんです』という立ち位置を伝えていきたいと思っています。なぜなら最終的に建築ができたら、オーナーのものだけではなく、市民に直接関係するものになりますから。わたしたちの仕事は大規模ゆえに社会的影響も大きなものが多い。最終ユーザーのことを考えないと、とても設計なんかできない」
近年の日建設計はデザイン、技術系、コンサルティングなどを担う会社に成長してきた。そこには経営企画を担える人材も、海外の法務的な業務が任せられる人材も必要だ。一般人に対する知名度を上げなければ、それらに関する人材も集まってこない。だから「わたしたちの立ち位置や姿勢をもっとアピールしていきたい」と強調する。
さて、さいたまスーパーアリーナ、クイーンズスクエア横浜、東京スカイツリー……亀井氏が携わってきたものは、いずれも大きなプロジェクトばかりだ。ものづくりがしたくて、さまざまな建築設計をおこなってきた彼と、旧都城市民会館の話をきっかけに、最後は「建築の保存活用」の話になった。
亀井氏は、どんな建築でも残せばいいとは考えていない。「建築はモニュメントとは違います。機能的、構造的、美的要素の3点が揃わなければいけない」ときっぱり言う。
ただ、事実としてひとつたしかなのは、どんなに素晴らしい建築設計をしても、それがその設計者の代表作と言われても、「その名建築は設計者のものではない」ということだ。
すこし口惜しそうに話す亀井氏。
「いま東京・大手町界隈も容積率が上がったから、どんどん建て替えが進んでいますよね。その中で『あの建物は残してほしかったなぁ』みたいなものもあるんですけれど、自分が所有しているわけじゃないので、その権限は基本的にはわれわれにはないんですよ。『残したいんだったら自分で買いなさいよ』と言われても仕方がないと思いますが(苦笑)」
設計事務所としては、建築主から設計を頼まれればビジネスとしてはハッピーな話だが、名建築を解体し、そこに建てる建築の設計を担うこともあるだろう。建築設計を生業としていても、みんなが新しもの好きなわけじゃない。ときには日建設計の大先輩が線を引いた名建築の代わりとなる建築をつくることもある。その心境、いかばかりか。
「複雑ですよね、そこは……。古いものを活用してリノベーションして、機能アップしながらボリュームも増えるようなかたちができればいいんですけれど。それで言うと、いまスペイン・バルセロナのサッカースタジアム『新カンプ・ノウ計画』は、過去のレジェンド的な要素を残しながら、まったく新しいかたちに全面改築しています。その意味では非常にハッピーなプロジェクトになると思う」
もしなんの縛りもなく、金に糸目をつけず、好きな建築を買い取れるとしたら? とおとぎ話のような問いをぶつけたら、亀井氏は「うーん」と考え込み、「ニューヨークのクライスラービルかな。時を経てもニューヨークのランドマークとなっているから」と目を輝かせた。
そして日建設計の前身・日建設計工務に在籍した林 昌二氏(2011年逝去)設計のパレスサイド・ビルディング(千代田区)を挙げる。実は日建設計は、2019年にこのビル内に竹橋オフィスを設立したばかりだ。
「パレスサイドビルは50年以上前にできた建物ですが、設計のプリンシプル(信念)が感じられますね。きちんと信念をもって建築主に提案して、それが受け入れられて、できあがった建物というのは、まったく古びないし、逆に価値が出てくるのだと感じました。昨年、運よく空きが出たので入居できたのですが、そんな建物にいま在籍する当社社員が触れられるのは、非常にありがたいことだと思っています」
建築設計という仕事に誇りを持ち、時代の変化やニーズにうまく対応しつつ、いつまでも社会に愛される建築をつくる。パレスサイドビルの一件だけ見ても日建設計のスタンスが垣間見える。その根っこにあるのは、ものづくりが好きだというパッションなのだ。
そんな愛する建築について語るときの笑顔は、ものづくり好きな少年と同じぐらいの輝きを放っていた。