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【前編】「働き方改革はコミュニケーション改善から」小室淑恵氏が建設業界に望むこと

小室淑恵(こむろ・よしえ)

日本の働き方改革に一大ムーブメントをつくったと言っても過言ではない、株式会社ワーク・ライフバランスの創業者にして代表取締役社長である。

その働き方改革のシンボリックな存在は、著書にこう書いている。

「働き方改革の最難関業種は運輸、医療、そして建設です」

名指しされた建設業界は、これからどうしていけばいいのか。

小室氏と一緒に、考えていこう。

記事初出:『建設の匠』2018年11月28日

 

小室氏が危惧するこれからの社会の課題

まず、尋ねてみた。現状の認識と、これからの社会がどうなっていくのかを。

「かつて、長時間労働こそが適切な戦略だった時代がありました。それによって、日本は大きな成長を遂げた。経済成長を実現させることに成功した世代が、特に大企業においてはちょうど経営の中枢にいるのが、いまの状態です」

“人口ボーナス期”と“人口オーナス期”と言葉で説明する小室氏。非常にざっくりと説明すると、前者は総人口に占める「生産年齢人口 (15歳~64歳の人口) 」が多い状態を指している。一方で後者は、生産年齢人口が減り続ける時期のこと。

戦後の経済成長は“人口ボーナス期”で説明できる、と小室氏は言う。裏を返せば、生産年齢人口が減っていけば、経済は停滞する――きわめてシンプルな話である。

「いまの日本は、もうすでに、人口オーナス期の真っただ中です。オーナス期に入ってくると、いかに多様な人材で、短い時間で勝負するかが、ビジネスに勝てるかどうかの最大の分岐点になってくる

なぜ彼女はここまで危機感を抱いているのか。それは人間誰もが、ひとしく老いるからだ。

「これからの日本で、最大の課題は介護です。介護に関してはいままで『長時間労働、万歳!』だった40~50代の男性が一番のターゲットになる。会社としては一番多くの投資をしてきた世代に時間の制約がかかるんです。しかも育児ならば、だいたい1~2年の休みを経てから復帰しますが、介護は終わりが見えない。『働く時間は短い時間のほうがいいね』どころの話ではなく、メインストリームが短時間勤務になってくる。国全体でそうなれば、企業側は、新たに人を採ればいいという次元ではなくなります」

真剣な面持ちの小室氏。

「いかにして短い時間で、高生産性でやっていくか。従来の方法で『人が足りないから増やす』ではなく、方法そのものにメスを入れて、ドラスティックに変えないと。新しい働き方の山に飛び移らないと、いままで乗ってきた人口オーナス期の山は、沈みます

建設業界はどう変わってきたか

話を戻そう。なぜ建設業界は改革が難しいのか。何が障壁になっているのだろうか。

「業界のみなさんがもうじゅうぶん分かっている理由も、たくさんありますよね。それは工期であったり、天候であったり……。ひとつ大きな理由に、国が建設業界を労働基準法の特別な猶予枠に入れてきたこともあります。業界にしてみれば、おそらくロビー活動をして、労働時間の枠を緩くしてもらい、優遇してもらったのだったと思います。ところがこれはある時点から負のスパイラルに入りはじめた。労働時間が長い状況が恒常的に続き、それが建設業界の評価となると、そもそもいい人材が建設業界を希望しない事態がはじまってきて、それによってせっかくの技術も継承されなくなる。人が辞めやすくなり、いい人が来ないから生産性が落ちる――こういった理由で、いち早く働きやすさに軸足を移した業界と、建設業界の乖離が大きくなっていってしまったのだと思います」

いわば、人口ボーナス期の働き方を引きずっているのが、建設業界だということか。さまざまな業界をよく知る立場として、コンサルタントや講演などで関わりを持ってきた建設業界はどう映ったのだろう。

「最近はずいぶん印象が違うんですけれど……」と断りをいれつつ、「これまでの方法で戦ってこれまで勝ってきたし、その方法に確固たる信念もあったからか、かつては全然聞く耳を持っていただけなかった。2008~09年ぐらいにコンサルタントとして入った頃のパシフィックコンサルタンツさんにも、初めて講演会にうかがった日は質疑応答の時間に『うちの会社があなたの言うことを真に受けて働き方改革をして業績が落ちたら、あなた、補填してくれるの?そんなに甘くないんだよ』と(笑)。食ってかかるぐらいの勢いで反論されるのが、10年前の建設業界の印象でした」と苦笑いする。

「そこから徐々に『このままでは生き残れない』と意識が変わってきましたね。その変化は感じたんですけれど、『でも、それでも建設業界はこんな理由があるから改革は無理なんだ』と、ほぼ思考停止のように見えた時期が5、6年は続いたかなぁ」と振り返る。

「動かなければいけない必要性について、実はみなさん分かっているんです。でも、そこがアクションにつながるかというと……『ゼネコンが無理を言ってくるんだよ』、当のゼネコンも『国が無理難題な要件にも“入札しろ”と言ってくるんだ』と揃って『原因は外的要因にあって、自分たちができることは何もないのだ』という思考停止状態に陥っているように映りました」

誰かのせいにしておけば、とりあえず行動しないでも問題ない。しかし、社会はそのレベルも超える人不足になっていった。

「誰かの変化を待つより、自分たちが先に変わる」

「ここ1、2年は『どこかの何かが変わるのを待っていては、本当に未来がない。自分たち発でもやれることからやろう』という状況に変わってきました。最近だと、数年コンサルで関わっている鹿島建設中部支店さんが、本気の取り組みをはじめています。しかも生態系がつながっているから、発注者一社が意識を変えると、あっという間に関連する協力会社のほうに影響が広がっていく。上流次第で働き方は変わると実感しています」

実際、鹿島建設中部支店の現場では、建設現場において直近の目標となっている“4週8休”をすでに実現しているんだとか。小室氏はその報告を受けて「むちゃくちゃ嬉しかったですよ」と満面の笑顔で語る。

さらに著書『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)でも紹介されているコンサルティング3年目の新菱冷熱工業を例に挙げた。

「最初は本当に思考停止状態で、業界全体が変わらない限り、働き方改革なんて無理、という雰囲気が強く、最初の一歩を踏み出すまでには禅問答みたいなやりとりもあって、後押しには力が要りました。コンサル開始当初は、現場で早く帰る工夫をする会議をしようと思っても、同じ現場で仕事する協力会社のベテランで腕のいいオヤジさんには響かず、会議に参加しても乗り気でないとか、複数社で仕事をする現場ならではの苦労がありました。

そんな新菱冷熱工業も、働き方改革が軌道に乗り出し、若手からは『スキルアップすればもっと効率的に仕事ができる』という意見が出てきました。

実は従来、若手には『ベテランの先輩につまらない質問をして邪魔しちゃいけない』という遠慮の雰囲気が強かった。一方、先輩は『若手が聞いてこない、聞いてくれば教えるのに……』と、こちらも受身で、若手と先輩がお互い理解し合えていませんでした

『自分たちからできることをはじめなきゃ』『外的要因の問題ではなく、社内の問題である』と捉え直して、先輩が若手の遠慮に気づき、わからないところはすぐ聞いてくれと助けるようにしました。先輩が歩み寄ってくれる関係性ができてくれば、遠慮がちだった若手も、実はやる気も向上心もあったことが分かってきた。風通しがよくなってお互いが見えてくることで、生産性が上がってきています

そんな新菱冷熱工業も、いままでさすがに“4週8休”は無理だと思っていた。ところが鹿島建設中部支店で“4週8休”が実現されているという話が社内で共有されると「納期が遅れたりしないのか」「ちゃんとできるのか」と質問が殺到したそう。「あらかじめ4週8休を前提にしたスケジュールを引いたら、何の問題もなくできている」との回答にまた驚いたそうだ。

大きなムーブメントを、小室氏は肌で感じている。

「少し前までは、『働き方改革は自分たちの庭をきれいにするだけのもの』でした。つまり労働基準監督署に目をつけられないため、自社の数値目標を達成するため、上司に怒られない残業時間におさえるための働き方改革だった。ですから、下請けの企業に残業を押し付けて自分達は早く帰るような企業が増えていました。しかし、いまは人材を「他業界と奪い合っている」わけです。生態系まるごと働き方改革に取り組んで、業界の悪評を覆さなければ、業界そのものが不人気になって滅びる――そんな理解が、数年でずいぶん進んだと思います」

小室氏が名指しした働き方改革最難関の三業界のうち、運輸業界が建設業界より1年ほど早く、その危機的状況に気づいたという。そこで倉庫業と物流業のあいだにあった理不尽な上下関係的商慣習も含め、すべてが見直されている。建設業界も、持ちつ持たれつの“チーム建設”としてみんなが幸せになっていける環境をつくらなければ、メンバーは泥船から逃げていくだけだ。

「そして誰もいなくなった」という破滅的な未来を回避するために、われわれは何をしていくべきなのだろうか――。

写真提供/ワーク・ライフバランス

後編に続く     

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