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萩原雅紀のダムライターコラム【7】ダム界の “細マッチョイケメン” アーチダムに会いに行こう

作成者: 編集部|2021年09月9日

いくつかあるダムの型式の中で、いや、世の中にあるあまたの土木構造物の中で、もっとも華やかなもののひとつがアーチダムだと思う。ひいき目でしょうか。

正確には「アーチ式コンクリートダム」という。堤体自身の重さで水を貯めたときの水圧に耐える重力式コンクリートダムとは異なり、水圧をアーチ作用で左右と下の岩盤に受け流す。

擬人化するなら、電車の中で両手で壁ドンしながらラッシュの圧力からドア際の女の子を守る細マッチョのイケメン、というキャラクターに違いない。ひとめぼれ間違いなしである。僕だってダムに生まれ変わるならアーチ式になりたいし、もっと現実的な話をするならせめてアーチダムの下流に住んで守られたい。

高さ日本一の黒部ダムがアーチ式であることも大きいと思うけれど、ダムと言えばこの形を思い浮かべる方も多いと思う。ではあなたは黒部ダムを実際に見たことがあるだろうか。そしてそれ以外のアーチダムをご存知だろうか。

今回は、私がこれまでに見てきたアーチダムの中から、特におすすめのダムを紹介したい。もちろん黒部ダムもいい。しかしほかにも見るべきダムはたくさんあるのだ。

記事初出:『建設の匠』2019年4月10日

 

「日本初のアーチダム」はどこにある?

たとえば日本で最初のアーチダムは? この問いに対する答えは2つあって、宮崎県の上椎葉ダムと島根県の三成ダムが正解。

事情を説明すると、日本で初めて計画されたアーチダムが上椎葉ダム、最初に完成したアーチダムが三成ダムなのだ。とは言えダム界には「ウチが本家本元」というような争いはなく、どちらもパイオニアとしてリスペクトされている。

堤高は上椎葉ダムが当時日本最高の110メートル、三成ダムは36メートル。もちろん、三成ダムも日本のアーチダム史に欠かせない存在だけど、ここでは日本で初めてアーチ式が採用され、日本で初めて堤高100メートルを超えたダムでもある上椎葉ダムを紹介したい。

いろいろな「日本初」が枕詞につく上椎葉ダム

上椎葉ダムは、険しい九州山地の中心であり平家落人伝説の残る椎葉村に計画された。ダムが造られる耳川は、大正時代から住友財閥が水力発電の適地として開発し、下流から順に道路と発電所とダムを造っていたものの、戦後九州電力が引き継いでからも最上流の椎葉村はまだ道路事情が悪く、資材を運ぶために海沿いの延岡市からおよそ60キロもの索道が引かれた。

当初はオーソドックスに重力式コンクリートダムとして構想されたが、海外の技術陣からはコンクリートの使用量を大幅に削減できるものの国内にはまだ前例のなかったアーチ式コンクリートダムが提案された。それをもとに大雨や地震といった日本の気象条件に合わせたアレンジを加えたという。

1955年に完成し、日本でもっとも高いダムに躍り出た上椎葉ダムは、上流面も下流面もほぼ鉛直の円筒アーチで、堤体の厚さも後世から見ると厚め、左右岸に設置された洪水吐は水門から流れ出た先がスキーのジャンプ台のような形になっていて、放流された水を堤体から離れた場所に着水させるなど、全体的に慎重な設計が施されている。

初めて建設された巨大アーチダムということもあって、その後のアーチダムに引き継がれた部分もあれば、このダム独自の部分が見られるなどプロトタイプ的な要素が多く、ぜひ現地で確認してほしい。

日本のすべてのアーチダムの始祖と言える存在

ちなみに上椎葉ダム完成から5年後、同じ九州電力が宮崎県内に建設をはじめたアーチダムである一ツ瀬ダムも、上椎葉ダムと同じように左右岸にスキージャンプつきの洪水吐を持っていて、九州電力の中でエースの系譜を継ぐ存在とされている。堤高は20メートル高く、堤体もドーム型となり、非常に洗練された日本屈指の美しいアーチダムに仕上がっているが、残念ながら全面的に立入禁止で詳しく見ることができない。これはなんとかしてほしい。

個人的には日本でいちばん美しいアーチダムだと思っている一ツ瀬ダム

 

黒部ダムはアーチダム界の絶対エース

日本のアーチダムの始祖である上椎葉ダムが完成した翌年、関西電力は早くも頂点に手をかける。人跡未踏の黒部峡谷に日本最大の発電用ダム、黒部ダムを計画したのだ。堤高186メートルは型式を問わず日本一で、建設された背景や難工事はテレビや映画などであまりにも有名。そして、知名度だけでなく立地、成り立ち、存在感のどれを取ってもここは「別格」のオーラが漂う

国内外合わせて600基のダムを見てきたがそれでもここは別格

日本でも有数の山岳観光地である「立山黒部アルペンルート」の一部となっていて、毎年100万人近い観光客で賑わう。初夏から秋まで行われている大迫力の観光放流も大きな見どころだ。

思わず旅行ガイドのような文章になってしまったけれど、ここは数少ない「ダム好きでなくても間違いなく雄大さに心打たれるダム」である。もちろんダム好きであれば確実にその迫力に圧倒される。ぜひ皆様お誘い合わせのうえ訪問してほしい。

コンクリートと金属で作られた芸術作品の域だと思う

放流していない時期もあるけれど、それはそれで堤体の巨大さをじっくり味わえるのでダム好き的には二度おいしい。でもふつうの人には放流している時期の方がいいかな。

また、単なるアーチダムではなく、両岸の上部が岩盤に突き刺さる手前で直角に折れ曲がり、その外側が重力式ダムの構造となっているところもポイント。これは「ウイング」と呼ばれ、建設中にフランスで起こったアーチダムの決壊事故を受けて、安全性を高めるために設計変更されたもので、黒部ダムのシルエットを唯一無二のものとしている。この変更には、当時既に多数のアーチダム建造実績のある海外のダム技術者も関わった。つまり黒部ダムは、当時の世界のアーチダム技術を結集して造られた最先端堤体だったのだ。

上部の岩盤に不安がある→堤体を折り曲げて岩盤に接しない、という最先端ソリューション

というわけで、国内だけでなく海外にも誇れるダムだけど、それゆえ観光客が多すぎる(特に最近は外国人がものすごく多い)のと、マイカーで直接行けず、必ず電気バスなどに乗り換える必要があって交通費がかかる、という点は静かなダムをのんびり見たい人にとってはやや敷居が高いかもしれない。しかし、やっぱりあらゆる面で日本最高峰である。ぜひいちどは訪れてほしい。

 

メイド・イン・ジャパン・アースダムの鳴子ダム

黒部ダムが着工した2年後、東北地方で巨大なダムが7年の歳月をかけて完成した。上椎葉ダムと三成ダムに次いで、国内で3番目に着工したアーチダム、鳴子ダムである。それまでの2基は外国から技術者を招聘して建設されたが、鳴子ダムははじめて日本人の手だけで造られた。堤高94.5メートルは5年後に完成する黒部ダムの約半分とは言え、当時国内ではようやく堤高100メートルを超えた頃である。日本のダム史におけるひとつのマイルストーン的な堤体だと言える。

はじめて日本人がすべてを手がけたアーチダム

全体的に滑らかで有機的な曲線が非常に美しい堤体は、堤頂部に自然越流式の洪水吐が並び、毎年ゴールデンウィークに満水になるように水位がコントロールされて、連休中は美しく水が流れ落ちる「すだれ放流」が行われている。

これほどまでに風雅な放流があっただろうか、という美しさのすだれ放流

アーチダムは後年になるにしたがって、水圧を両岸だけでなく下の岩盤にも伝えるために、左右方向だけでなく上下方向にもアーチさせたドーム型アーチダムに進化し、前傾姿勢が増していく。しかし鳴子ダムは上流側が鉛直で下流側の下部がふっくらと厚みを増す、しっとりとした立ち姿で重力式アーチダムに近いシルエット。国内では鳴子ダム以降ドーム型の建設が本格化したため、ほぼワンアンドオンリーの存在感を放っている。デザインもシンプルで、雰囲気としては逆に海外のダムのような印象を受ける。

この雰囲気を持っているダムは国内でここだけ

おすすめ時期はもちろん、すだれ放流が行われるゴールデンウィークだけど、それ以外の時期でも純国産アーチ式堤体の美しさを存分に味わうことができる。また、秋の紅葉も見事だ。

 

吊り橋からの眺めは圧倒的感動! 川俣ダム

関東地方にもオススメのアーチダムはいくつかあって、これまでにもこういった記事でいろいろ紹介してきたけれど、今回は栃木県の鬼怒川上流に設置された川俣ダムを推したい。

黒部ダムより1年あとの1957年に、当時黒部ダムに次ぐ高さのアーチダムとしてプロジェクトがスタートした川俣ダムは、堤高117メートル、堤頂長131メートルという非常にスマートな堤体。アーチダムの堤頂長は天端の円弧の長さなので、左右岸の直線距離は131メートルよりも短い、つまり下流側から見ると堤体のシルエットはきわめて1:1に近い。建設地点は非常に急峻なV字谷で、ただでさえ幅の狭い谷を塞ぐアーチ式の堤体は、気のせいかもしれないけれど同じ形式のほかの堤体に比べて半径が小さく感じる。

堤高の割に幅が狭くアーチの半径が小さく感じる

そんな縦長堤体を眺めるのに絶好な位置と言える、堤体の下流およそ100メートルの位置に吊り橋が架かっている。渡った先は行き止まりで、ほとんどダムと峡谷を眺めるためだけに架けられたと思われる吊り橋に行くには、片道20分ほど山道を登ったり降りたりしなければならないけれど、堤高120メートル近いダムを下流側から天端とほとんど同じ高さで眺められる――なんて光景は非現実的で、道は険しいけれど、がんばってたどり着こう。

非常にスマートな堤体を吊り橋の上から眺める

川俣ダムのほか、鬼怒川上流には関東地方最大のアーチダムである川治ダム、そのほかに重力式ダムの五十里ダムと湯西川ダムなどもある一大ダム銀座となっている。4ダムはイベントを行うことも多く、特に川俣ダム、川治ダムでは巨大アーチ式コンクリートダムだけの特権である、キャットウォークを歩ける場合もある。ぜひイベントをチェックして足を延ばしてみてほしい。

イベントに参加すればこんな光景も見られるかも!

 

梓川3連星のジェットアーチダムアタックだ!

上で紹介した九州電力の上椎葉ダム、関西電力の黒部ダムのように、電力会社のエース級ダムはアーチダムであることも多い。上記以外でも中部電力の高根第一ダムは堤高130メートルで一ツ瀬ダムとほぼ同じ、中国電力は重力式アーチで堤高103メートルの新成羽川ダム、四国電力も堤高62.5メートルの小見野々ダムを管理している。そして、東京電力は長野県の梓川に稲核、水殿、奈川渡という3基のアーチダムを連続して設置している。なかでも奈川渡ダムは堤高155メートルとアーチ式で国内3位の高さを誇る巨大ダムだ。

上高地の入口にそびえ立つ超巨大アーチダム、奈川渡ダム

もちろんこのエリアまで来たら3連アーチダムをすべて見てほしいけれど、ここでは真ん中に位置する水殿ダムを推したい。水殿ダムは梓川沿いを走る国道から少し逸れた場所にあり、上高地に向かう車が大渋滞していてもひとけは少なく、いつでも空いている広い駐車場もある。そして堤高95.5メートルに対して堤頂長343.3メートルという幅広の堤体は雄大で、ゆるやかなアーチが谷あいを塞いでいる光景を好きなだけじっくり眺めることができる。

高さは奈川渡ほどではないが優雅さを持ち合わせている水殿ダム

松本市方面から進んでくるととつぜん正面に現れる最下流の稲核ダム、最上流に位置する超巨大アーチの奈川渡ダムといった派手な堤体に挟まれ、国道から直接見えないため存在感はやや薄い。しかし決して小さくないし、洪水吐が堤体に直接設置されていないため非常にシンプルで美しい。「眼鏡を外して三つ編みを解いたら実は美人だった委員長」といった発見がある。いや待て何の委員長だ。

国道から降りていく道が少し分かりづらいけど探してください

 

堤頂長日本一の池原ダムを知っているか?

最後に紹介するのは山深い紀伊半島の南部、下北山村に設置されている池原ダムだ。電源開発が建設、管理している発電用ダムで、アーチダムとしては総貯水容量が国内最大の約3億4千万立方メートル。堤高111メートル、堤頂長460メートルというスペックはアーチダムとしてかなり巨大で、特に堤頂長は日本最大の黒部ダムからウイングを除いたアーチ部分よりもおよそ100メートルも長い。

円弧が長くてものすごい存在感

正直に言って、このダムを見るまでは堤高ばかり追いかけて堤頂長という要素をあまり重要視していなかったので、池原ダムのすごさに気づいていなかった。しかし目の前に現れた堤体は有無を言わさない迫力で、長スパンのアーチが広い谷あいに力強くそびえ立っていた。その衝撃を受けて以降、堤高だけでなくいろいろなスペックに注目するようになった。アーチ式に限れば、堤高が黒部ダムなら堤頂長は池原ダムが日本一なのだ。

こういう造形ひとつがまたかっこいい

放流設備は、貯水池を挟んで向かい側の尾根に、巨大なゲートが立ち並んだ立派なものが設置されている。ここは日本有数の多雨地帯で、毎年のように下流の新宮川は洪水の被害を受けている。そこで近年は、大雨が見込まれるときは池原ダムなど新宮川水系の発電ダムで事前に放流を行い、貯水池の水位を大きく下げておいて流入量が増えたらなるべく貯める、という事実上の洪水調節のような運用を行っている。これが絶大な効果を発揮し、下流の洪水被害は大幅に削減されたという。

専門外の運用を行っても、もともと持っているポテンシャルの高さで大きな成果を上げる巨大ダム。これを「かっこいい」と呼ばずして何と呼べばいいのか。道のりは遠いけれど、ぜひそんなイケメンダムに会いに行ってほしい。

そして、せっかくここまで行くなら、池原ダムの上流に設置された同じ電源開発の相棒、堤高103メートルのアーチダムである坂本ダムにも足を延ばそう。黒部ダムをやや小さくした、巨大だけどどこかかわいらしい堤体が出迎えてくれるはずだ。

黒部ダムを見てから行くのと見ずに行くのとで印象が変わりそう