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【前編】⽇本武道館をアップデートせよ2――⽵中⼯務店の挑戦

2020年7⽉末に無事竣⼯した新⽣・⽇本武道館。9⽉にはじまった世界初の⾦⾊LEDによるライトアップも話題となった。東京の闇夜に輝く⾦⾊の”⽟ねぎ”をすでにご覧になった⼈も多いだろう。

ライトアップされた日本武道館(写真提供/山田守建築事務所)

さて、「無事」という表現をあえて使ったのにはワケがある。

なんせ本館⼯事開始は2019年9⽉からおよそ10か⽉程度と、⼯期がきわめてタイトだったのだ。それに新築ではなく56年前の名建築改修ゆえの厳しい諸条件。迫りくる東京2020オリンピック開幕。

そこへ襲いかかる、未曾有の新型ウイルス――。

この難しい⽇本武道館増改築⼯事をいかにして終えたのか。⼭⽥守建築事務所の【設計編】に続き、今回は【施⼯編】をお届けする。メインキャラクターはゼネコン・⽵中⼯務店の施⼯管理マンだ。

※所属・職位は取材時のものです。
記事初出:『建設の匠』2021年1月15日

写真/山田新治郎

「地元の五輪施設建設を担う」という夢

「⾃分にとって、このあたりは地元感があります」

⽵中⼯務店東京本店 作業所副部⻑(建築担当)の瀧澤英明さんは、鍛え抜かれた⾝体とギャップのあるおだやかな笑顔で⾔う。

⽵中⼯務店東京本店 作業所副部⻑(建築担当) 瀧澤英明さん
※取材は2020年7月。社会的距離を保って実施、インタビュー時はマスクを着用

東京都北区で育った彼は、中学⽣の頃、チャリティー番組の会場である⽇本武道館へ⾃転⾞を⾶ばして来たのだという。その後もプロレス観戦に来たり、⼤学の⼊学/卒業式も⽇本武道館だった。⼤学時代に在籍したラグビー部の練習では、この⼀帯も利⽤したそうだ。

北の丸公園の第3駐⾞場が広くて練習できるんですよ。……ただあそこで練習しているとだいたい怒られた(苦笑)。近くの靖国神社の坂でダッシュの練習もしましたね」

そんな彼のキャリアは20年ほど。

「⼊社1年⽬は⼤阪の寮暮らしで研修です。現場と設計部、あと⾒積部の3部署を4か⽉ずつローテーションで回るんですよ。そこから本配属で、最初は⾼知の新築病院施⼯に1年3か⽉ぐらい携わりました。そして地上43階建の汐留のオフィスビルの新築に1年7か⽉ほど……」

官公庁施設新築(練⾺区)や日比谷の店舗改修⼯事(千代⽥区)に携わったあと、ジョブローテーション制度で設計部へ。躯体図⾯を⾃分で描いたり、図⾯を確認するための勉強をしたそうだ。

「このプロダクト設計で躯体図面を描き終えたタイミングで、地下劇場のある観覧場の新築(文京区)現場へ。あとは⼤学の研究棟新築(豊島区)や信濃町の新病棟建設にも。東京本店技術部では、⼊札して本店⻑が決裁するまでのいわゆる川上に携わる業務で……。住宅以外はいろいろと幅広く勉強させてもらいました

そして迎えた20年⽬。⽵中⼯務店が⽇本武道館の仕事を受注したと⽿にした瀧澤さんは、勢い込んでそれに⼿を挙げた。

「最初から⾃分が関われるし、日本武道館はこれまでの経験を活かせばなんとかできそうな規模でもあった。なにより、数⼗年に⼀回あるかないかというオリンピック施設にどうしても関わりたかった。だから、最⾼にうれしかったですね」

思い出が詰まった⽇本武道館に、いまの⾃分のすべてをぶつけてみたい。彼の腹が決まった――。

⽵中⼯務店にとって「⽇本武道館」とは

1963年、⽇本武道館の建設⼯事がはじまった。それからわずか11か⽉で”武道の殿堂”は竣⼯する。名古屋で創業し、明治〜⼤正期に神⼾、⼤阪へ本店を移した関⻄の名⾨ゼネコンは、1958年に東京タワーを⼿がけるなど東京での地位を築き上げてきており、東京1964オリンピックで後世に遺る施設を手がけたいと考えていた。

日本武道館新築工事風景(写真提供/竹中工務店)

だからこそ⽵中⼯務店が⽇本武道館建設に名乗りを上げたとき、⼼に期すところがあったはずだ。

「⾃分の⼊社前の話なので、あくまで推測の部分もあるのですが」と瀧澤さん。

社内でも『この⼈なら⼤丈夫だろう』と選ばれし⼈材をあてがったのでしょうし、そう聞いてもいます。いま、自分たちが同じものを11か⽉でつくれと⾔われたら、とてもできないでしょう」

現在の法規や検査をスケジュールに則っておこなったら、この⼯期ではとても難しいそう。「いまだったら2年ぐらいの施⼯⼯程を描きたくなるだろうなぁ」と令和の施⼯管理者は笑った。

「だって今回、既存の銅板屋根を剥がして、新しいステンレスの焼き付け屋根に葺き替える⼯事だって、7か⽉の予定がなんとか頑張って6か⽉でできたぐらいで、山田事務所では改修工事期間の9.5ヶ月は24時間体制の突貫工事になるだろうと思っていたぐらいですからね。さらに、北の丸公園内の増築等エリアは、江戸城・近衛兵団の跡地。埋蔵文化財発掘調査の対象で、調査を含めての請負だったので、いろいろな調整も必要でした

⽵中⼯務店は数社が参加したという⼊札に参加し、令和の改修工事も受け持つこととなった。そこには「東京1964オリンピック時に⼿がけた武道館を、次のオリンピックでも責任をもって⾒守る」という⽵中⼯務店の想いやプライドがあったのではあるまいか。

かくして瀧澤さんは、いにしえのレジェンドがつくりあげ、56年間⾵雪に耐え抜いた⽇本武道館を、50年先の後⾝へつなげるための責を負うことになった。さまざまな苦難が待ち受けているとは知らずに……。

つくる人のことを考えた現場づくり

瀧澤さんが工事⻑として着任し、まずおこなったのは、現場事務所の設置だった。

建設中の中道場棟。右手建物が現場事務所(写真/山田新治郎)

「本当はあの⼟地(※写真右奥、中道場棟の裏)、もともと使⽤する予定じゃなかったんですよ」

現場事務所はもともと、⽇本武道館の敷地内に建設予定だった。しかし瀧澤さんは「どうにか他の場所を借りれないか」と⽇本武道館側に相談。すると、国有地である北の丸公園に国有財産使⽤許可書を出せば、少し⼟地を広げて借りられるかもしれないと判明した。それをなんとか実現すべく、3か⽉ほど費やして事務所⽤地を確保したそうだ。

事務所⽤地確保に3か⽉である。さっさと決めて早く⼯事を進めればいいのではあるまいか。なぜ、そこまでして……︖

彼はこともなげに⾔った。

スムーズな動線が確保できるからです。事務所を他のエリアにすると、工事車両動線上に設置せざるを得なくなり、⼯事が⼤変になると思ったので。そういうことを最初にやっておかないと、厳しい条件で⼯事をやらなきゃいけない。現場で⼀番重要な動線が確保できてなかったと思うんですよね」

写真/山田新治郎

彼は分かっている。制約条件などから現場事務所の場所を受け⾝で決めると動線がタイトになり、あとから現場にやってくる⼈間が「……ここの現場、なんだか働きづらいよな」とストレスを感じ、その蓄積が現場の効率やモチベ―ションをじわじわと下げていくことを。それを解消するためなら、⾯倒な書類申請や交渉など苦ではない。プロの施⼯管理の仕事だ。

「担当レベルの⼈間がすべて諸条件が決まった段階で現場に来ても、厳しい条件がある中でやらざるをえない。⾃分のような次席(副所⻑)の⽴場の⼈間が、厳しい条件を緩和し現場を良くしてあげることはすごく重要だと思っています」

そういって⾒せてくれたのは、「⼯程表のつくり⽅」の資料だった。⽵中⼯務店ほどの規模の会社であっても、使⽤するソフトは同じだが「どう書くのか」は個々に依るそう。

彼はこれまでの経験をできるだけ整理・体系化し、「厳しい条件をクリアにすることを⼼がけろ」「⼯程表をつくるためにどういった情報を得るべきか」などを所員に共有している。

「段取り8分」の⾔葉どおり、瀧澤さんは段取りを⾮常に重視する。

「この⼯期で新築ならばふつうはタクト⼯程で進めますが、今回の⼯程は全フロア⼀気に施⼯するやり⽅でした。いかに動線を確保するか、搬出⼊をどうするかがポイントだと思ったので、⾼層ビルの施⼯でよく採用する搬出⼊コントロールの揚重センターを導⼊しました。この規模だとあまり導⼊しないのですが、⾃分は採用する必要があると思ったので」

施工中の風景(写真/山田新治郎)

瀧澤さんは総合⼯程表をつくる際、できるだけそれをブレイクダウンして各部の班⻑に伝える。こうして優先順位や順番を⾒誤らないように、最後に突貫⼯事とならないように

施⼯管理は⼯程が命。だから周囲や部下にもそこを厳しく細かく詰めて徹底させているのかというと――。そこは意外にも「70%の3回転」理論を唱える。

『100%でやれ』って⾔われると、⼈間、ちょっとキツイんですよ。だから『70%でやろう』と。70%のデキでも3回繰り返せば、100%に近くなる。このぐらいを⽬標に⾏こう、と伝えています。

『それぐらいで1回、報告に来なよ』としておけば、部下も少し気が楽になるじゃないですか。『⼯程表を100%のデキで⾒せなきゃ』と気負わせてしまうと、なかなかアウトプットできなくなってくるので」

写真/山田新治郎

後輩に厳しい部下にも「70点できたらOKにしなよ。もう1回、繰り返させればいいじゃない」とやんわりたしなめる。「それぐらいの気持ちでいれば、⾃分もストレスを少しは感じなくなるかもしれないでしょう」と微笑む瀧澤さん。

追い詰められた⼼はミスを招く。時間がないときほど、⼯程は細かく、気持ちは⼤きく――

段取り8分に「裏取り」を少々

瀧澤さんはこうも語っていた。

いい⼯程表をつくっても、情報共有ができてなければ意味がないんです。協⼒会社や関係する⼈間に想いを寄せていかないと。だから僕はとにかく情報共有して、内容を詰めていく」

写真/山田新治郎

だから彼は、「裏を取る」のだという。協⼒会社の⼯程表や算段、職⼈さんの本⾳など、さまざまな情報収集をする。

その意味で彼の⼯程表は、「段取り8分」に「裏取り1分」のスパイスを加えた「段取り9分」で描かれていると⾔っていいのかもしれない。

⼯程を調整する作業って、⼯程を指⽰する作業の10倍ぐらい労⼒がかかるんじゃないかと思うんです。ひとつでも崩れると、協⼒会社もすごく⼤変になる。だから⾃分は精度の⾼い⼯程表を描いて、それを死守する

余談だが、現場の休憩所には、瀧澤さんが持ち込んだアームレスリング台が置かれていた。ここで時折、腕っぷしが強い職⼈さんたちと腕相撲(!)をしているとか。

アームレスリングに興じる(写真/山田新治郎)

また彼本⼈はタバコを吸わないにもかかわらず、職⼈さんが集う喫煙所に通い、そこで懸垂をしているんだとか(︕)。なぜか。

懸垂をしながらコミュニケーション(写真提供/山田守建築事務所)

「そこでちょっとした会話をすることで『〇〇がうまくいっていない、△△があぶない』という情報が⼊ってくるんですよ」。そう、すべて裏取り、情報収集のためだ。

このように瀧澤さんは実に細やかな配慮をしながら現場を調整し、⼈とのなにげない対話を⼤切にし、それらを⼯程管理に⽣かしている。まったく、⼈は⾒かけによらないものである(←失礼)。

柔道の世界で「柔よく剛を制す」というように、瀧澤さんは実にしなやかに現場を制している(⾒た⽬も”剛”だけど)。いずれにしても、彼は⽇本武道館の現場を統べるのにもっともふさわしい⼈材なのかもしれない。

※クレジットの入っていない写真はすべて編集部撮影

後編へ続く     

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