2021年12月16日(木)、建設HR編集部は「生産性向上施策の効果」をテーマにウェビナーを開催しました。
昨今の建設業界では、さまざまな生産性向上施策が展開されています。働き方改革によるワーク・ライフ・バランスの向上や、BIM/CIM、さらにはAIやロボットなどによる効率化、コスト削減などがおこなわれています。
これらの施策は実際のところ、どのように進めていったらいいのか、そしてどんな効果や影響があるのでしょうか。そこで今回、下記のような方を対象としたウェビナーを企画した次第です。
- BIMや働き方改革など生産性向上施策の具体的な効果を知りたい方
- 人材採用・育成・定着率などに対する生産性向上施策の貢献度を知りたい方
- 生産性向上施策の社内推進・理解に課題感を感じている方
このテーマにふさわしい企業として登壇いただいたのは、大手サブコンで積極的に生産性向上施策を進めている新菱冷熱工業株式会社です。その働き方改革担当の加藤 生一さんとBIM推進担当の齋藤 佳洋さんのお二方に、これまでの取り組みや苦労、今後の展望などについてお話いただきました。
いかに人を集められる会社になれるか
まずは首都圏事業部 技術六部長の加藤さんが、新菱冷熱工業の働き方改革の変遷を紹介。 「2017年より働き方改革のProjectに参画しました」という加藤さん。
新菱冷熱工業は業界の課題であった長時間労働を是正し、将来の担い手を確保するためにも、働き方改革を最重要の経営課題と捉えて中期経営計画に取り入れたのです。「本来は業界全体で取り組む課題ですが、まずは自分たちでできることから働き方を見直そうよということでプロジェクトをスタート」したそう。
目指す働き方を実現するため、効率的に業務を進める工夫や施策を議論・検討する会議「カエル会議」からはじめ、次のような取り組みをおこなっていきました。
- ホワイトボードを活用した業務の見える化
- 営業担当者による「業務の見える化」からの「目標設定」
- 管理職の意識改革に向けた活動(講演会等)
- ウェアラブルカメラ、スマートフォン、3DモデルなどICTによる現場業務の効率化
- 成果をまとめたガイドラインの社内共有
- 社内報や掲示板による社員へのさまざまな啓発活動
中でも「残業の申告制」や「期限が極端に短い仕事はお断り」とする取り組みは特に効果的だったとのこと。
2015年から2020年の比較で、平均残業時間は9.3パーセント削減、有給休暇取得率で28.9ポイント向上しました。
「数字はそれほど大きくないと感じるかもしれませんが、『そもそもできるわけない』からスタートして『帰りやすい、休みやすい会社』になり、実感としてはすごく変わった。将来の人材確保のためにも改革が必要なんです。今、魅力ある会社にならなければ、将来はないと思います。当社は働き方改革を経営戦略として捉えています。企業の成長は一般的に増収や増益が目標ですが、これからはいかに人が集められるかが大きな鍵になると思います」と加藤さんは語りました。
ちなみに加藤さん自身、施工管理畑でバリバリ仕事をしてきた仕事大好き人間でした。しかし結婚して子どもができ、休みの日の学校の行事に参加したくともなかなかそれができなかったことから、「何とか長時間労働を変えていかなきゃいけない」と感じたそうです。
さて、技術統括本部専任部長の斎藤さんにはBIMの取り組みを解説していただきました。
2019年にBIMを中心とした生産性向上と従来の業務のやり方を抜本的に見直すための全社横断的な社内プロジェクトが発足。齋藤さんはサブリーダーとして参画しています。また今年発足した「DX」を推進する社内プロジェクトのメンバーでもあります。
なお、斎藤さんもまた、入社以来26年間、設計施工を担いながら残業バリバリで育ってきた世代とのこと。
新菱冷熱工業の3D CAD開発の歴史は古く、1990年代に施工において3次元を取り入れようという動きがあって、自社オリジナル開発3D CADの導入を検討してきました。2003年にはそれが形となり、「S-CAD」というソフトを開発、社内で使用していたとのこと(『デザインドラフト』の名で外販)。2009年の“BIM元年”を踏まえ、2013年頃からはBIMを利用した生産性向上の取り組みを推進しています。
サブコンである新菱冷熱工業は設備施工業務がメインです。「BIMデータを使った業務に変革していこうと、今いろいろな構築をしております。施工業務の作図・発注から検査、さらにもっと上流の設計業務から下流の建物の維持管理までのサイクルも、BIMデータを使って回していくという基本方針で、今いろいろと進めているところ」と、まさに建設DXの真っ只中の斎藤さんなのです。
新菱冷熱工業は事業部制ですが、全社横断的に技術を統括している技術統括本部があり、本部には「BIM推進室」という組織があります。現在約80名の人材(オペレーター含む)が在籍。BIMモデルを集中的に制作しているそうです。
現在のBIMプロジェクトの取り組み事例として、次の3点を挙げてくれました。
- 国土交通省「BIMモデル事業」への参画(中央研究所再構築計画にて採択)
- 3Dスキャニングシステムの活用(改修工事に必要な既存建物のBIMモデルをつくる)
- 墨出しロボットの導入(図面データを元にロボットが墨出しをおこなう)
「BIMのプロジェクトもコスト削減や業務変革を目指しているので、加藤さんの『働き方さわやかProject』とも目指すべき姿を共有しつつ、連携を取り合いながら、取り組んでいます」と齋藤さんは語ってくれました。
特効薬はない。だからリーダーが諦めないことが大事
後半では、加藤さん・斎藤さんに鼎談形式でお話を伺いました。
齋藤さんが取り組んでいるような技術研究・開発は、時に寝食を忘れて研究・開発に没頭したい局面もあるはず。そこへ「働き方改革」の名の下に労働時間を管理され、帰れ帰れと急き立てられては、進めたい仕事も進まないのではないでしょうか? そこにジレンマを感じることはないのでしょうか。
そんな編集部からの問いに加藤さんは「働き方改革は、生産性の向上が大事なんですね。結果、早く帰れる、あるいは休める。ワーク・ライフ・バランスの実現に繋がるという考え方です。BIM推進は生産性向上の大切なツールですから、両プロジェクトは協調しながら推進しています。だから決してぶつかることはないですし、ベクトルは一緒です」と回答。
「ジレンマがなくはないんですけれど、別に長い時間をかけたことにやりがいを感じるわけではないと思います。BIM時代になって業務のやり方が今までとガラっと変わってきています。だから時間をかけずとも、内容の濃い仕事を考えなきゃいけない。それがやりがいに繋がっていくと思っています」と齋藤さん。なるほど、意識の変革が大切なのですね。
また、働き方改革やBIMの「効果」について、経営層などにはどう説明しているのでしょうか? KPI(重要業績評価指標)などは設定されているのでしょうか?
加藤さん「働き方さわやかProjectでは経営層も一緒に動いているので、効果がすぐ出るとか出ないとかいう捉え方はしていないと思います。ただ、2024年の建設業への改正労働法の適用までもう時間がありません。そこはやはり残業時間を削減するという結果を出さなきゃいけないというところです。今回、月45時間の時間外労働を6ヵ月以上、月75時間の時間外労働は6ヵ月以内に収める『チャレンジ45』という計画をスタートしています。働き方改革に対するネガティブな部分も何とかしないと社員に納得感が湧いてこないので、そこを頑張って成果を出していきたいと思っています」
なおKPIについては「スタート時から働き方さわやかProjectは風土を醸成することが一番の目的で、数字を追求する活動だとは認識していなかったので、あまり定量的には捉えていない」と加藤さん。数字を追いだすと、手段が目的化するのはよくある話。あえて数字を追わない方がいいようです。
齋藤さんも同意見のようで、「我々も具体的には言えないですけれど、いろいろな視点で分析はしています。効果をコスト削減だけにしてしまうと、なかなかすぐには結果が表れない部分もありますので、例えば現場に入場する協力会社さんの人数などあらゆる視点から評価や分析をしていく必要があると思っています」とのこと。
人材採用に対する効果は? 加藤さんいわく「応募していただける学生さんたちは、当社のホームページや活動内容を本当によく見てくれています。働き方改革に取り組んでいるというところで魅力を感じて応募される方も実際にいると思います」。
最後に、これからさらに生産性向上施策に取り組んでいく建設業界全体に向けて、メッセージをいただきました。
「働き方改革はひとり勝ちじゃダメで、当社だけじゃなく同業他社、建築会社も含めて業界全体がみんなでWIN-WINにならないといけないと思っています。ですから私どもで経験したことは、こういうウェビナーの場などで開示できる範囲で開示し、みなさんにも推進していただければ嬉しいなと思っています。
あと、なかなかうまくいかなくて、途中でやっぱり挫折しそうになっちゃうんですね。私がどうかというとそうでもないかもしれないですけれど、ともかく大切なのはリーダーが前向きに諦めない姿勢であり続けるのが、これから進めていく上で大切なポイントかなと」(加藤さん)
「働き方改革とまったく一緒で、やはり自社だけでやっていてもしょうがない。業界全体での取り組みにしていかなきゃいけないですし、そうじゃないと会社の中でもうまくいかないと思います。それに加えて、BIMなどの生産性向上施策はPDCA、繰り返しスパイラルアップしていくのが非常に大事だと思っています。当社でもその体制やスピード、それから『ダメだったら切り替える』という、その辺を大切にして推進しているところです」 (斎藤さん)
くじけそうになったことは何度もあったけれど、一緒にやってくれているメンバーと支えあってきてここまでこれたという加藤さんは、「とにかく、組織の意識改革。絶対できるっていう気持ち」がリーダーには大切だと熱弁してくれました。
先駆者である新菱冷熱工業の取り組み、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。