半年ほど前、テレビ局ディレクターを名乗る人物から、「『日本の高速道路料金はなぜこんなに高いのか』をテーマにした番組を作りたい」という相談があった。結局その番組は、「スポンサーからストップがかかって流れてしまいました」ということだったが、日本の高速道路料金が高いのはまったくもって事実だ。
日本は高速道路の建設費を税金で賄うことができず、有料制にしてその料金収入で建設費を返済していくシステムを採ったわけだが、同じシステムの諸外国に比べても圧倒的に料金が高い。いったいなぜなのか。
私の答えは、「主に建設費が高いから」ということになる。
ではなぜ、日本の高速道路の建設費はそんなに高いのか。その理由は、大きく分けて4つある。
記事初出:『建設の匠』2019年2月20日
日本と比較すべき経済状況が長く続く先進国は欧米に限られるが、欧米の地形と比べると、日本の地形は冗談抜きでものすごく険しい。
たとえば速度無制限で有名なドイツのアウトバーン。私はアウトバーンを東西南北それなりに走ったことがあるが、トンネルを見た記憶はほとんどない。ミュンヘンから南下してオーストリアに入る際、国境近くに存在していたかもしれないが、とにかくアウトバーンには「ほとんどトンネルはない」と言っていい。
もちろんドイツにも山はあるが、南部国境地帯を除けば低くて穏やかな山ばかりだ。しかもアウトバーンは戦前から、なるべくトンネルを掘らずに地形に沿った自然と調和する構造物を目指していたので、余計にトンネルがない。
日本同様、高速道路が有料制であるフランスの地形も、まぁドイツに毛が生えたようなものだ。同じく有料制のイタリアは、北部にはアルプス、中央には脊梁山脈が走っていて比較的日本に近いが、それでも日本ほどは険しくない。
日本の高速道路は、新しい路線ほど橋梁とトンネルだらけである。その最たるものは新東名・新名神だ。橋梁やトンネルの建設単価は、通常の盛り土構造に比べると、1ケタ近く違ってくる。その割合が欧米の数倍多い日本の高速道路は、その分建設費が高くならざるを得ない。
ちなみに日本の高速道路は、黎明期、ドイツから技術者を招いて建設したので、アウトバーン同様、「なるべく地形に沿い、トンネルを掘らない」という方針だったが、おかげで東名・名神は、かなりカーブと勾配の多い構造となった。中国道にいたってはクネクネすぎて本当にツライ。アウトバーンの文法を日本に適用するのは無理があったようだ。
日本の場合は、平野も油断ならない。なにしろ日本はどこに行っても家がある。
欧米をドライブすると実感するが、アメリカはもちろんのこと、ヨーロッパの田舎にも本当に家がない。家は村や町の中心部に固まっているので、そこを一歩出ると見渡す限りの田園風景が続く。これは、日本より平均人口密度が高いオランダやベルキーも同様だ。
その裏には、異民族や異教徒との戦争が打ち続いた歴史がある。家々は固まって防備を固める必要があったのだ。その典型が城塞都市である。
一方日本はというと、町と田園地帯との境目などどこにもなく、どこまで行っても漫然と家が建っている。家があって人が住んでいれば、その分立ち退き交渉も大変だが、それだけではない。道路を全区間にわたって持ち上げて立体構造にする必要が出てくる。
日本では高速道路と言えば、平野部でも高架や盛り土などで、地表より高いところを通るのが当たり前だが、それは、どこに行っても家があり、その行き来を確保する必要があるからだ。降水量が多いので小さな水路も多く、それらをすべて通過させるためには、結局、道路構造全体を持ち上げるしかない。
一方欧米の高速道路は、かなり多くの区間が、地表にそのまま建設されている。つまり、高速道路の向こう側への行き来ができなくなっている(!)。田園地帯に入れば家などほとんどないので、それで問題ないようだ。たまに道路や鉄道等と交差する区間だけ、高架などで道路を持ち上げている。
地盤も違う。ヨーロッパは氷河に覆われていたので表土が薄く、少し掘ればすぐに固い地盤に突き当たる。一方日本は、地形が穏やかな平野部ほど厚い堆積層に覆われていて、地盤が圧倒的に軟弱だ。その対策にも費用がかかる。
国土技術研究センターによると、日本付近では、マグニチュード6以上の地震が全世界の20%発生しているという。そのため、日本の耐震基準は世界一厳しい。これも日本の高速道路建設単価を押し上げている。
日本は平均地価もかなり高い。建設費の約4分の1は用地費なので、これも料金を押し上げる要因になっている。
もうひとつ、「日本は談合で建設費が高くなっていたんじゃないか?」という声もあるだろう。
確かに道路四公団時代、談合があったことは間違いない。ただ、民営化後に談合が排除されて(たぶん)、どれくらい建設単価が下がったかというと、おおむね「2割くらい」と私は見ている。決して公団時代は2倍もぼったくっていたわけではない。
近年、公共事業は「不落」が頻発している。人手不足もあって、公共事業は儲からないから入札する建設会社が1社もないという状況が増えているのだ。そこから考えても、過去、高速道路建設が談合でボロ儲けだったというほどではなく、まあ普通に儲かっていたくらいではなかろうか。
さて、これらの条件を総合すると、日本の高速道路建設費は、他の先進国に比べてどれくらい高くなるのか?
古くて恐縮だが、平成7年の国交省のデータによると、アメリカとの比較で、用地費が5倍、地形による差が2.2倍、耐震で7%増。合計で平均建設単価が2.6倍となっている。
ではヨーロッパと比べるとどうなのか。それを直接検証できるデータは見つけられなかったが、高速道路料金そのものが参考になる。日本の料金と、日本同様当初から高速道路建設費を料金収入で返済する形を取ってきたフランス、イタリア、スペインの料金を比較してみよう。
国名 | 料金(1kmあたり) |
---|---|
日本 | 27.06円+165円(消費税含む) 大都市近郊区間や都市高速はこの2割増が基本 |
フランス | 12.5円(0.1ユーロ) |
イタリア | 8.75円(0.07ユーロ) |
スペイン | 13.76円(0.1101ユーロ) |
この数字は1ユーロ=125円で計算したもの。為替相場は常に変動しているので、正確な倍数は出せないが、日本と欧州とでは、料金水準に約3倍の差があるといえる。
だからといって、日本の高速道路はヨーロッパの3倍建設費がかかったとはいえないが、まぁ2倍くらいはかかっただろうし(大雑把でスマン)、日本は災害大国だから、維持管理費がかさむのも間違いない。
日本の高速道路料金は、世界的に見て飛びぬけて高い。しかし、日本ほど特殊事情を抱えた国土は世界中に存在しない。我々は決して「ぼったくられまくっている」わけではない、と私は考えている。これだけ高くても、やっぱり高速道路はありがたい存在だ。
ちなみに、日本でインフラ建設を行っているのは、日本の建設会社ばかりだ。海外では、中国の建設大手が世界を席巻しているが、日本にはまったく入ってこない。
高速道路建設に限らず、日本のような特殊な国土事情、特に耐震設計に対応できる技術と経験を持つ建設会社は、国内にしか存在しないのだろう。逆に言うと、海外の建設会社にとっては、まるでうまみのない、特殊すぎる仕事なのだと推測する。