三和建設が、新卒採用に時間をかけていることは前述のとおり。すべては「個性を重視」しているからだ。そして、そこでは「信頼」がキーポイントとなる。
「採用の際、本人が決断するに足るだけの十分な情報をわれわれは提供する。そして本人の最後の決断を引き出すためにやりとりをする。コーチングみたいなものですね。そして、その決断をわれわれは信用するか否か。『入りたい』という熱意だけを取り出して採用することは、大企業が印象で学歴や声の大きさ、弁舌のさわやかさ、見た目がシュッとしていることだけを『見極めて』採るのと同じですよね。それでは、意味がない。
よく『わたしは御社で働きたいです』と意欲と熱意をもって話す就活生はいるし、巷の面接対策においてもそんなテクニカルな部分を重視しています。しかし当社ではそんなこと、まったく重視されません。
たとえば、AさんとBさんという学生が2人いたとします。Aさんは毎日当社に通っていろいろな人に会った結果、『入りたい』と静かに言っている。Bさんは会社にほとんど来ないけれど、最終的に『ものすごく三和建設に入りたい』と熱望している。
見た目の熱意だけで見ればBさんが勝っている。でもどっちを採るかといえば、Aさんを採ります。声は小さくともいろいろな情報を得たうえで言っているAさんの決断は本物だと思うから。Bさんは、あまりよくわからないが何となくいいなと思って、とりあえず『入りたい』と声高に言っている。でも、その入りたいと願う理由に対して、ひとつも汗かいていないじゃないですか」
なんだかいきなり、泥臭い話が出てきてびっくりした読者もいるのでは。
森本氏はマッチングアプリ的にドライな関係の新卒採用界隈において、相当にウェットな関係を求めているのだ。筆者も端正なマスク、ロジカルな思考から、おおよそバッキバキの合理主義者と思っていた。
森本氏は、三和建設のブランディングや広報活動にかなり力を入れている。メディアの取材も大学の講義依頼も積極的に受けるし、SNSもフル活用する。さらに森本氏自身も著書『人に困らない経営~すごい中小建設会社の理念改革~』を出版している。それはさまざまな人に三和建設に興味関心を持ってもらう「きっかけ」を増やすためだ。
学生だけではなく、そのまわりにいる大人も対象である。大学教員やバイト先の先輩、近所のおじさんに至るまで、彼らが目にしたメディアに三和建設の記事が掲載されていれば、それでもって学生に「こういう会社があるから行ってみたら?」と言ってもらう。実際にそんなルートで会社を訪ねてきた来た人もいるそうだ。
しかし、それはあくまできっかけに過ぎない。
「なにかのきっかけで当社に興味を持って来てくれたら大変嬉しいし、わたしもその人に興味を持つ。けれど、そこはただのスタートです。そこからその人のきっかけが本当の確信になるまで、情報はいくらでも出します。『で、よく考えてね』となる」
とはいえ、新卒採用は年に1度きりのチャンスだ。毎年のように試行錯誤をしていれば、「今年の採用活動はうまくいかなかった」な年もあるそうだ。中小企業の採用活動としてはかなりリスキーなように映る。さらに。
「当社は人との付き合いが濃いから、不採用にした学生のこともほとんどわたしの記憶に残っています。2、3年経って『あの時の彼がいたら、いまどんなふうになっていたかな』『あの子、いまなにしているのかな』と思い返すこともある」。……森本氏はやはり、見た目に寄らず意外におセンチなんである。
ただ、このウェットな付き合いがもたらす副産物も。
ある学生が他のゼネコンの現場見学会に参加した際、そこの2、3年目の若手社員にこう言われたそうだ。「ウチもいいけれど、三和建設という会社の選考も参加したほうがいいよ。いろいろな仲間もできて、ディスカッションもできて、将来なりたい姿について考える時間になった。三和建設に入らなくても、あの会社の説明会や選考の経験は、あなたにとって意味があるよ」と。
そう、そのゼネコン若手社員はかつて三和建設の新卒選考を受けた人だった。そしてその学生は、勧められるがままに三和建設の選考を受けに来たんだとか。
「『就職活動を始めるにあたって、まず三和建設に行って、そこの社員や役員など誰かの話を聞けば、建設業界で働いていくことの意味づけを考える機会になる』といった口コミが広がるといいですね。結果的に当社を選ばずとも、業界自体の活性化に繋がってほしい。まだまだ道半ばですけれどね」
なるほど、「建設業界を目指す者は必ず一度は三和建設の門をたたく」状態にまで至れば、学生集めの苦労もなくなるだろう。建設業界にいる“陰の三和建設応援団”によって、リファラル採用も難しくはなくなる。
このように、森本氏の人材採用・育成はつねに長期的な視点の上になりたっている。
三和建設は、現在の事業をより深堀りしていきながら(具体的には縮小する国内市場の中でのシェア向上)、さまざまな新規事業の可能性を模索中だという。いずれにしても、それをなすのはやはり“人”だ。そのため、持てる技術の体系化を進め、設計・施工や営業など分野問わず女性を積極登用している。
「われわれの仕事の成り立ちとして、どれだけ優秀な人でもひとりでは完結しません。周囲との連携・協力を経て、ひとつの物事がようやく成し遂げられるような業種だから、鳴り物入りで入ってきた人でも、まわりがその人に付いてこなかったら仕事は成立しない。
でも『この人はなんか腹立つけれども、すごく尊敬できるし信頼に足る。だから、この人の言うことは聞かざるを得ない』みたいな人でも別にいいと思う。そんな意味でも人を引っ張る力がある人であれば活躍できるはず」
人が辞めない会社にしたいけれど、同質性の高いなかよしこよし集団にするつもりはない。あくまで大切なのは“技術”。それを森本氏は知っている。