小柳建設の三代目社長、小柳卓蔵氏。土木・建築工事はもちろん埋蔵文化財調査や浚渫事業、さらに今の季節ならば除雪作業も担う新潟県のゼネコンは、彼が継いでから日本マイクロソフトと組み、「HoloLens」を用いたHolostruction(ホロストラクション)を打ち出した。2021年11月には『建設業界DX革命』(幻冬舎)を上梓するなど、「地方×建設DX」といえば小柳建設というぐらい大注目の存在だ。
どんな改革をどのようにおこなってきたのかはぜひ『建設業界DX革命』をお読みいただきたいが、実はこの本、事業承継の物語でもある。
建設業界に限らず、日本の会社の9割を占める中小企業は、経営者の高齢化、後継者不足などの課題を抱えている。
後継者となれば一族、その子どもが継ぐのがもっとも分かりやすい。しかし昨今、大手企業や老舗企業で起こる家族間の主導権争いが象徴するように、家族だからといってうまくいく保証はない。実際、小柳建設を継ぐはずだった小柳氏の長兄は、「やりたいことがあって辞めていった」そうだ。三男坊の小柳氏自身は当初、あくまでピンチヒッターだったのだ。
小柳氏自身は入社時27歳。金融会社出身で、司法試験の勉強に励んでいた時期もある。ともあれ、土木や建築の施工現場に立っていた経験はない。そんな彼はいったいどうやって、建設DXを実現したのだろうか?
ここまでに触れた小柳卓蔵氏のアウトラインを読んで、あなたはどう思っただろう。
「業界未経験の小柳氏はきっとDXなる“未知の武器”でもって当時の社長である実父や番頭社員など旧来型建設業の抵抗勢力を相手に戦い、ねじふせ、みごとにDX革命を実現したんだろう」
――そう捉えられるかもしれないが、さにあらず。なんせ彼が最初におこなったのは、「社長への絶対服従」だったのだから。
「戦いに持ち込んでは、まずダメ」と小柳氏は冷静に語る。
「当時の社長に絶対服従のスタンスを掲げたのは、社長からの絶対的な信頼を勝ち取るためです。それもしないで『(社長の座を)譲ってくれ』はありえない。自分がやると決めたからには、やって見せないと。社員に対しても同じです。
逆に社員たちもまた同じように自分を信頼してほしいのであれば、やはり自分でその姿勢を見せて、成果を出さなければならない。……人から信頼を得るって、そういうことだと思うんですよね」
建設DXの寵児・小柳氏は、案外と人間臭い考え方の持ち主だった。
もちろんすべてが順調だったわけではなく、意見の衝突もあったはず。実際、総入れ替え&人数削減となった役員の顔ぶれがそれを物語っている。しかしそこに至るまで対話を尽くした小柳氏のスタンスは、「トップダウンの改革」と一概に括っていいものだろうか?
「建設DXを進めたくても進められない」。そんな悩みを抱える地方企業は多いはず。その理由に人材不足を挙げる向きは多いのではないだろうか。では、地方にてリソースもないのにどうやってDXを推進するか。
たとえば、「新しもの好きの社長がとりあえずドローンを買ってきて若手に与えてみたら、めきめき腕を上げてドローンを使いこなし、おかげで会社の生産性が向上した」というようなi-Construction成功事例がある。
その進め方が悪いわけではないけれど、すべての若手社員が新しいツールに抵抗なく馴染めるとは限らない。ドローンを与えられても扱いきれない若手もいるだろうし、なによりその若手が退社したら元通り――ではあまりに属人的だ。それに対する小柳氏の見解はというと……。
「『DXについて俺は知らんけれどお前らやっとけ』みたいな社長さんもいらっしゃいますけれど、それは一番ダメなパターン」と断りを入れつつ、 「最初だけはトップダウンでもいいと思います。ただ、『DXがなぜいいのか、何がいいのか、それによって何が解決されるのか』を分かったうえで、それらを仕組み化し、会社組織の中に血液として、筋肉として組み込むことが必要です。『この人に任せています。この人しか知りません』という状態が続くのは、DXとは呼ばないかなと」
「DXって、結局は文化を変えること」と小柳氏は言う。
「みんながパソコンを使っている状態は、昭和の時代から考えれば文化が変わったわけで、これはその意味ではみんなDXしている状態。『〇〇の業務で使うドローン』も大規模な時にはドローンを使って、小規模ではドローンを使わなくてもいい……そんな判断ができるのであれば、それはDXが文化として染み込んでいると思いますね」
「手元の道具で例えると、筆記用具みたいなもの」だとも。
「筆を使う必要がある時には筆を使うし、強めに書かなきゃいけない時にはボールペンで書かなければいけない。その違いに気づかないと、ですよね。(筆に比べて)シャープペンを使っていたらDXかというと違うじゃないですか」
そんな小柳氏が講演等でよく聞かれることは「ウチもDXしたいんですけれど、何したらいいですか?」。
「その質問、そもそも質問として論理破綻しているんです」と小柳氏は苦笑する。
「何が課題か分かっていないということですね。『DXできていないことが課題』と思ってしまっていて、『鉛筆を使うことが課題なんですが、当社は何を使って書いたらいいですか』という質問に近い。いや、好きなもので書いてよ、って話です(笑)。それを指摘すると多くの企業さんは『ウチの課題とは?……チーン』となっちゃいますね」
そう、DXは課題解決のための手段でしかない。だからDX人材育成の前に、「何が自社の課題か」にしっかりと向き合うべきなのだ。
2021年、厚生労働省新潟労働局から長時間労働削減のベストプラクティス企業として認定された小柳建設。同業他社から「認定を取るためにつくったウソの数字だろう」などとやっかみを受けたりするそうだが、小柳氏に限って、そんな手段と目的を混同するような愚策は講じるはずがない。
「うちはDXをゴリゴリに進めて、社内の価値観や文化を変えてきたんですよ」
前述のように文化を変えた小柳氏、その具体的な例を挙げよう。「日中はちゃんと現場を見ていなければいけない」と言って、作業と作業のあいだで職人さんと一緒にタバコを吸いながら「ああだ、こうだ」と喋っている現場代理人がいたとする。
「私も施工管理や技術者をやったわけではないのですが」と断りを入れつつ、「コミュニケーションは当然必要だし、現場の進捗を見なきゃいけないかもしれないですけれど、タバコ吸いながら延々と話している時間って、必要ですか? 自分が作業するわけでもないのだし、それ以外に進められる仕事、ありますよね?」
建設現場の既成概念にとらわれない小柳氏だからこそ、前述の「施工管理で当然のようにおこなわれてきた作業員とのダベり」のような時間をどんどん減らした。一方でこれまでの現場代理人がやってきた仕事ではなく、「成果を出すために新しくこんな働き方ができたらいいよね」と電子ワークフロー活用によるペーパーレス化や社内システムのフルクラウド化などを進めていった結果、「……仕事、意外と夜までかからないじゃん!」と気づいたそうだ。
さらに現場のワークフローや作業レベルの改善だけではなく、経営戦略まで変えた。驚くべきことに、会社の売上を戦略的に「下げて」いったのだ。
「建設業はどうしても技術者数によって売上が変わってくる。10年前までは当社も技術者のキャパシティいっぱいに仕事を取っていました。それによって現場に必要な人数が配置できなくなり、結果的に長時間働いてしまう」
長く働くことこそが正だと評価される建設業の旧い価値観も、要因としてあった。社長である小柳氏は「こんな状態はもうやめよう」と腹をくくり、必要な人数を現場に配置できるようにして、これ以上手を伸ばしてはいけないラインを決めた。社員を守る方向にシフトしたのである。
「長く働かなければならない理由は何かと突き詰めて聞いてみたら、意外にも『いや、なんとなく、今日やりたかったんで』。ならば、それは今日やらなくていいことだから、明日やりましょうといった具合に、残業をどんどんなくして……」
はたして、その英断の結果は。
ひとり当たり月平均時間数は、8.6時間(2018年度)から2.6時間(2020年度)に削減。前述のように厚生労働省から認定を受けるほどになった。そして――。 「会社売上が100億あったときに比べ、現在の売上は25~30パーセントぐらい下がったものの、100億の頃より高い利益」。その利益は、しっかり社員に還元。この2、3年で平均年収を30~40万増額したとか。「残業削減で成果が上がっているので、それをみんなで分配しようと。それでみんなの報酬が上がっているだけ」というのだから恐れ入る。
しかし、小柳氏や小柳建設が特別なことをしているという意識はないらしい。
「うちができることは、たぶん他のみなさんもできるんです。私も超人的なことをやっているわけでも何でもない。経営者がまともなことを考えていて、社員がちゃんと変化していけば、みんな普通にできちゃうのではないかと思っています」
人口が市町村単位で、毎年減っていく日本。それは地方ではさらに深刻さを増す。小柳建設が拠点を構える新潟県三条市も一部は過疎地域。けっして無縁ではない。
どんな産業・業界もほぼ人材不足であり、建設会社が、建設業界が持続可能であるために、若い人材は不可欠だ。彼らに入ってきてもらうため、あるいは繋ぎとめるため、この業界にもここ数年で「働き方改革」「女性活躍」「ダイバーシティ&インクルージョン」の波が押し寄せている。
さて、小柳建設はどうか。
「人口減少は40年前から言われてきているし、もう致し方ない。だからうちは10年以上前から新卒に力を入れてきていますし、離職率を下げるには『やっぱり、いい会社をつくるしかないね』と。これは何年もかかる作業だと思います。さらにその先というか、働き方をいま、どんどん変えています」と小柳氏は冷静に言う。たとえば?
「10年ほど前から、建設現場の環境を良くするため、女性社員による安全パトロールをやっています。女性目線や内勤の社員目線で見て、『これって、なぜこんな汚れたまま置いてあるんですか? ちょっとおかしいですよね』と何年もチクチクやってきたんです」
すると、変化が現れはじめたという。
「昨年から今年ぐらいにかけて女性社員がふたり、『この環境だったら現場で働きたい』と内勤から技術者に転向したんです」
女性社員が自分たちで現場環境をパトロールし、改善提案を出してきた結果、現場が求める水準を満たすものとなった。「だったら技術者として働いた方が、給与も高くなるな」と、みずから志願したのだそう。
“女性活躍”の名の下に、他人事感覚で「現場をキレイにしたら?」と無責任に言い放つでもなく、あくまで自分事として、現場環境をつくったこと。そして内勤と現場の仕事や環境をフラットに比較し、彼女たちが自分にとって佳き道を選んでいること――。これぞ“自走する組織”ではあるまいか。
「そうですね。本当に社員がちゃんと考えてくれて、いろいろ変わってくれたので。社長からのツルの一声でやるようなことではないし、むしろそんなことやれないですから。ははは」
従業員への厚い信頼を隠さない小柳氏。小柳建設が積極的なSNS配信や広報を始めたきっかけは、そんな従業員たちを「カッコよく見せたかった」からだ。
「こんなに壮大なものを人間がつくれるのがカッコいいわけです。素晴らしく緻密なものづくりを、実際に現場で最新のテクノロジーを使ってスマートにおこなっているんですと。それを見せたくて……」
従業員との信頼関係の醸成から生まれた、マインドや組織の変化。小柳建設といえば「ホロストラクション」など建設DXのキャッチーさに目を奪われがちだが、それはあくまで手段でしかない。小柳建設の本当のすごさは、「マインドや組織のトランスフォーメーション」にある気がしてならない。
だからこそ、人材の採用難や定着率の低さを挽回する手立てとして、小柳建設のように建設DXを推し進めたいと考えている地方建設会社に申し上げたい。その前に、小柳氏が説くように「信頼関係の醸成」に目を向けてみるべきではないだろうか。「企業は人なり」と古来から言われているように――。