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建設人事のお悩みに圧倒的熱量で寄りそうメディア

萩原雅紀のダムライターコラム【19】ダムはいかにして大雨洪水と戦っているのか

編集部 2021年09月29日

今年もまた、大雨が降って痛ましい水害が発生してしまった。

地球温暖化の影響で雨の降りかたが変わってきたなどとも言われているけれど、そもそもの条件として、急峻な地形で雨が多く、小さな平地に多くの人が暮らしているこの島国は、水害が発生しやすいと言えるだろう。

そして、洪水被害が起こるたびに問われるのがダムの運用である

操作は適切だったか、こうすれば被害を防げたのではないか、大雨の最中なのに放流していた、緊急放流のせいで洪水が発生した、前もって空にしておけば被害は防げた、水害を防げないなら必要ない...…などなど、ふだんはダムに見向きもしていない人たちが毎度毎度同じような議論を繰り返す。

もう、うんざりである。

たしかにダムの運用は分かりにくい。いまどういったことが行われているかという情報は、その流域の人々にはともかく、それ以外の地域の人が直接知る術はほとんどない(流域外の人が知る必要はない、とも言える)。だけど、少しでも多くの人がダムの動きを読み取ることができるようになれば川の状況が分かるし、状況を見て適切な行動や議論が行われるようになるだろう。なってほしい。

01洪水時ではないが例えばこの放流がなぜ、どんな目的で行われているか説明できるだろうか

だから今回は、大雨のとき、洪水を抑えるためにダムがどんな戦いをしているか、いちから解説していこうと思う。難しいけれど大丈夫、野球やサッカー、ラグビーだって、なんとなく見ているうちに、インフィールドフライやオフサイドやジャッカルなどといった難解なルールを、多くの人が分かるようになったじゃないですか。

調べれば調べるほどいろいろな状況が出てきて、たしかにダムの運用を理解するのは簡単ではない。でも人の命や財産がかかっているのだ。知って損にはならないはずだ。

記事初出:『建設の匠』2020年9月16日

 

洪水調節しないダムもある

本題に入る前の大前提として、ダムには洪水を抑える、つまり「洪水調節」の目的を持つものと、持っていないものがあることを知ってほしい。持っていないものは、たとえば水力発電だったり、生活用水や農業用水の確保だったりの目的のために造られたダムで、大雨で川の流量が増えたら、大まかに言うとその増えた分をそのまま下流に流して良いことになっている。

ただし川の流量を急激に変えてはならない決まりはあるので、放流量の増加も減少も少しずつ段階を踏んで行われるのだけど、とにかく、本来そういったダムに下流を洪水から守る役割はない。

01意外と知らない人多いけど黒部ダムに洪水を防ぐ役割はありません

その中で一部の発電用ダムなど、大きな貯水池を持っているなどの理由で、一時的に貯めたり放流を遅らせるなどして、結果的に下流を守っているダムはある。

だけど、最初から治水目的で造られたわけではないダムは、構造的にもマンパワー的にも細かい放流操作ができないところがほとんど。上流にダムがあるからと言って安心したり不安になったりする前に、まずはそのダムの目的や規模をしっかり調べておこう。近所に医者がいると言っても、お腹が痛いときに眼科に頼れないじゃないですか(痛み止めくらいは出してくれるかも知れないけど)。

「洪水調節」とはなんなのか

ではいよいよ本題、洪水調節の目的があるダムは、大雨が降って上流から流れ込んで来る水が増えたときにどういう動きをするのか。ただすべてを貯めて満杯になったら緊急放流、なんて単純な動きではないのだ。それではししおどしである

ダムによる洪水調節を見るときに外せない要素がいくつかある。もっとも基本的なのは、

「流入量」「貯水位」「放流量」

の3つ。これだけでも大まかな説明はできるけれど、実際の運用を詳しく説明するなら、さらに

「洪水貯留準備水位」

「洪水貯留操作開始流量」

「計画最大放流量」

「異常洪水時防災操作開始水位」

「洪水時最高水位」

の5つを加えた8種類の数字を見なければならない。

難しそうな専門用語が出てきて早くも意識が飛びそうになったかも知れないけれど、意味はそんなに難しくないので聞いてほしい。ちなみに前半の3つは常に変化する数字で、後半の5つはダムごとにあらかじめ設定されている数字である。

まず流入量は、ダムの上流から流れ込んでくる水の量だ。流量の基本単位は立方メートル毎秒。水の場合1立方メートルは1トンなので、トン毎秒で表す場合もある。ただ、職員さんに話を聞くと、「こないだの台風で500トン放流した」みたいに「毎秒」を抜いて話すことがけっこうあるので頭の中で補おう。あと年配の方だと「500リューべ」みたいな言い方をすることもある。「リューべ」は「立米」と書き、「立方メートル」のこと。「平方メートル」を「ヘーベー」と言うのと同じである。ちなみに学校の25mプールがだいたい500立方メートルらしいので、毎秒500立方メートルはあのプールの水が1秒で貯まる量、ということだ。

01台風が襲来し、毎秒およそ200立方メートルでダムの貯水池に流れ込んでくる濁流

貯水位は、ダム湖の水位。ダムの管理の基準のひとつが水位で、目的や季節によって目指す水位が細かく決められている。新幹線や飛行機が、場所や状況によって速度や高度が決められている、というのに近いと思う。

たとえば洪水調節用のダムでは、梅雨入りから台風シーズンが終わるまで、だいたい6月から9月末頃までの間は「洪水期」と言って、大雨に備えて通常の満水状態よりも下げた水位(洪水貯留準備水位)に設定しておき、増水した水を受け止める容量である「洪水調節容量」を空けておく運用を行なっている。アリが落ちてくるのを待つアリジゴクのように、じっと大雨を待ち受けているのだ。

01水面と木が生えている間の、地肌がむき出しになっている部分が洪水調節容量

放流量は、ダムから下流に流している水の量。放流量も状況によって細かく調整されていて、下流の川の水量が多すぎたり少なすぎたりしないようにしている。

また、流入量と見比べたとき、流入量が多ければ貯水位が上がり、放流量の方が多ければ貯水位が下がりつつある、と考えることができる。

洪水調節の基本は「流入量>放流量

基本的な洪水調節の方法としては単純で、「流入量より放流量を少なくする」、これだけである。ダムがなければそのまま下流に流れていくはずの流入量をダムで「調節」して、下流に放流する量を少なくすれば、少なくともダムがない状態よりは下流の水位を下げられるはずだ。

実際の運用をもっと詳しく解説しよう。大雨が降ってくると川に水が集まり、貯水池への流入量がだんだん増えてくる。増え方の状況にもよるけれど、ここでダムは放流を開始し、むやみに貯水位が上がらないように流入量と同じ量を下流に流していく。「大雨なのに放流したら意味ないじゃん!」と思うかも知れないけれど落ち着いてほしい。ダムには「洪水貯留操作開始流量」という、それぞれのダムで洪水調節を始める流量が決められているので、見た感じどれだけ激しい雨が降っていたとしても、流入量が「洪水貯留操作開始流量」に達するまでは洪水調節を行わず「洪水貯留準備水位」を維持し続けるために、流入量に合わせて放流量を増減させている。

01洪水調節の前に「水位維持のための放流」というものがある(厚東川ダム)

同時に、「計画最大放流量」という「下流に流しても安全な流量」も決められているので、ダムからの放流量がそれを上回らなければ、流せる水は流しておいた方が貯水池の容量を有効に使えるのだ。もちろん下流の状況を見て、計画最大放流量まで放流すると危険、と判断した場合はそこまで放流しない場合もある。

つまり、大雨が降って川の水が増えたとしても、ダムの洪水調節ではすべてを貯めるわけではなく、下流に流しても安全な量は放流し、それ以上の分を貯水池に貯め込んでいくのだ。ここ大事で、授業だったらぜったいテストに出るところだ。

ちなみに放流の操作は10分に1回行われ、流量が増えているときはもちろん、雨が止んでも川の流量や貯水位が通常状態に戻り、放流が終わるまで続けられる。操作と操作の間の10分間で現在の流入量を計測、レーダー雨量計などのデータからこの後の増減を予測し、次の放流量を決める計算を行なっている。もちろん何人かで交代しながらだけど、はっきり言って休む暇はない

洪水調節の戦略パターン

その後も大雨が続き、流入量が「洪水貯留操作開始流量」に達したらいよいよ洪水調節開始である。どのように操作するかは貯水池の大きさや下流の状況、雨の降りかたの実績など、実はダムによっていくつかの戦略があるのだ。長くなるけれどせっかくなので紹介したい。

ところで、ダムの流入量や放流量、水位などは「ハイドログラフ」という図で視覚化することができる。スポーツで言えばスコアボードのようなものだ。

簡単に図で表すと次のようになる。

01ダムの操作の概念図

まず、手描きなのでグラフがいまいち美しくないところはお詫びしたい。すみません。

横軸が時間、縦軸が水量で、青い線が流入量、赤い線が放流量、茶色い線が貯水池の水量(公式資料では水位が多い)を表している。

たいていの大雨による増水は、(1)時間を追うごとに多くなって、(2)どこかでピークを迎え、(3)通常の流量に向かって減っていく。そのときダムは(4)ある流入量を境に放流量を流入量より少なくし、(5)貯水池に余剰分の水を貯めていく。流入量がピークを過ぎ、(6)放流量と同じくらいになったらそれに合わせて放流量も減らしていく

最終的には、このグラフでは描いていないけれど、流入量が減ってきたどこかのタイミングで放流量を流入量より増やし、貯水池をふたたび大雨を待ち受ける水位に下げる作業も必要になってくる。

放流量の増やし方、減らし方にいくつか種類はあるものの、基本的にダムの洪水調節はこんな動き方をしている。ではその代表的な種類を紹介しよう。

大洪水に狙いを定めた一定量放流方式

あらかじめ決められた「下流に放流しても安全な流量」である「計画最大放流量」に到達するまでは、(1)流入量と同じ量になるまで徐々に放流量を増やし、(2)計画最大放流量に達したらその放流量を維持。(3)その後どれだけ流入量が増えても放流量は横ばいのまま、(4)洪水調節容量を使い切る前に流入量がピークを超え、(5)計画最大放流量を下回ったら洪水調節は終了...…ではなく、(6)その後もしばらく放流量を多くして、(7)貯水池の水位を「洪水貯留準備水位」に下げ切ったところでようやく洪水調節が終わる。

01一定量放流方式の例

この戦略は、下流が整備されていてある程度の流量を流しても被害が発生しない川にあるダムで、大洪水に狙いを定めて防ぐことができる方法と言われている。

ここでは例として、神奈川県の宮ヶ瀬ダムが平成19年の台風9号と一戦を交えたときの記録をグラフ化してみる。

01洪水調節中の宮ヶ瀬ダム

01国土交通省「水文水質データベース」の「任意期間ダム諸量検索」で表示されたデータより作成。速報値のため実際の数字とは誤差があります

放流量を増やしていくタイミングが流入量より遅れている理由は分からないけれど(洪水貯留準備水位より水位が下がっていたので多少貯まるのを待ったのかも知れない)、流入量がものすごい勢いで増えているにも関わらず放流量が横一線で微動だにしない様子に畏怖を覚えないだろうか。「計画最大放流量毎秒100立方メートル」の「一定量放流方式」で必死に耐える宮ヶ瀬ダムの動きが見事に可視化されていると思う。

そして、一定量放流と言っても実はこの間も水門の開度は一定ではなく、貯水位が変われば水圧が変わり放流量も変わるので、10分ごとに数cm単位の細かい開閉操作が行われているはずである。放流開始から終了まで数えるとほぼまる3日にも及ぶ戦いだ。

01とあるダムの操作室。ここで何時間も数字を睨みながらダムの操作をするのだ

ちなみに、どんな方式の洪水調節であれ、いちばん効果を確認しやすいのが、流入量が最大のときに放流量を引いた値だ。

たとえば上の例で宮ヶ瀬ダムの最大流入量は深夜1時から2時頃にかけての毎秒800立方メートル以上で、そのときの放流量は毎秒100立方メートル。つまり毎秒700立方メートルを貯水池に貯めている計算で、ダムがなければ下流に流れる水量は8倍に増えていたことになる。しかも増水するペースもダムが放流量を増やすペースより早い。いかにダムの効果が出ているかが分かるだろう。

流入量が落ち着いてきたあとも放流を続け(後期放流と言います)、貯水池の水位をどんどん下げているところも要注目だ。ふたたび洪水貯留準備水位に水位を下げ切るまで、いわゆる「残務処理」が続くのだ。

中小増水もカバー、一定率一定量放流方式

上流からの流入量が増加を始め、(1)「洪水貯留開始流量」に達したら洪水調節を開始。(2)流入量に一定の率をかけた量(流入量より少なくなる量)を放流、逆に言えばダムに貯め込んでいく量を流入量の増加に合わせて徐々に増やして行き、(3)最大流入量に達したら(流入量が減り始めたら)その時点の放流量をキープ。(4)流入量がさらに減り、放流量を下回った後も放流を続け、(5)貯水池の水位が「洪水貯留準備水位」に下がったら洪水調節の終了となる。

01一定率一定量放流方式の例

この戦略では、流入量が洪水貯留開始流量を過ぎたら、少しずつ流入量より放流量を減らす調節を始めるため、下流に河川整備が終わっていない区間があるなど、大洪水だけでなく中小の増水でもきっちり抑えておきたいようなダムに採用される。

ここでは例として、令和元年10月に関東地方から東北地方に甚大な被害を出したことが記憶に新しい、台風19号(令和元年東日本台風)の際の、群馬県の渡良瀬川に設置された草木ダムでの4日間の攻防をグラフ化してみた。

01洪水調節中ではないが草木ダム

01国土交通省「水文水質データベース」の「任意期間ダム諸量検索」で表示されたデータより作成。速報値のため実際の数字とは誤差があります

流入量の青い線がほぼ垂直に近い角度で立ち上がっていて(およそ6時間で毎秒1600立方メートル近く増えている)、途中まで放流量もそれに合わせているが、毎秒500立方メートルあたりから増加を抑え気味にして角度が緩くなっている(一定率)。19時頃に流入量がピークを超えると、放流量をそのときの毎秒約610立方メートルで横ばいに移行(一定量)。流入量が放流量と同量まで下がってきたら一緒に放流量も絞り、さらに通常の操作以上に絞って追加の洪水貯留を行なっている(これはたぶん特別防災操作という特例の操作)。

おそらく下流の利根川が氾濫直前まで増水していたので、少しでも水位を下げるための判断と、もともと9月いっぱいで洪水期が終わっていたので、このあと洪水貯留準備水位まで下げる必要がなかったためと考えられる。

ちなみに、台風によって流入量が増える前に数時間にわたって毎秒400立方メートル以上放流している様子が記録されているけど、これは最近話題の事前放流にあたるものと思われる。この台風との戦いで草木ダムはほぼ満水近くまで貯めたことを考えると、台風が来る1日前に水位を下げておいたこの操作がものすごく効いていることが、茶色い貯水量の推移を見るとよく分かる。

「鍋底」で防備、不定率調節放流方式

一定量放流方式と同じように(1)流入量に合わせて放流量を増やすものの、(2)洪水貯留操作開始流量から流入量のピーク前後を狙って思い切り放流量を減らし、流入の多くを貯水池に貯め込む方式。(3)流入量が減り始めたらふたたび放流量を増やし、(4)貯水池の水位が下がり切ったところで洪水調節終了となる。このハイドログラフの放流量の形から「鍋底カット」、「バケットカット」とも呼ばれている。

01不定率調節放流方式の例

この方式は流入量のピーク前後をかなりの割合で(場合によっては全部)貯め込むので、洪水調節として大きな効果が得られるけれど、もちろん洪水調節容量が多く必要で、精度の高い降雨予測なども欠かせないため、戦略を採用できるのは広大な貯水池を持つダムに限られる。ただしそれ以外のダムでも、下流の水位が既にギリギリでこのまま通常通りの操作をすると被害が出そうなときなどに、貯水容量に余裕があれば特例的な操作(特別防災操作)として行われることもある。

そしてそういった場合はそのダムや川のことを知り尽くしている軍師的な職員さんの存在が見え隠れする。とにかく、リアルタイムで数字を追いかけていると、徐々に増えていた放流量が一気にガクンと減る様子が見られるので「うわ、(放流量を)絞った!」「バケットカットだ!!」などと熱くなること請け合いである。操作している人の緊張感はそれどころではないと思うけれど

01通常運用でバケットカットを行う真名川ダム。見たい

ここでは例として、2017年の10月下旬という遅い時期に襲来し、関東地方から近畿地方までの広範囲に被害を出した台風21号で、京都府にある淀川水系の日吉ダムが行った洪水調節をグラフ化してみた。これは少し特殊なパターンで、日吉ダムは本来、毎秒150立方メートルの一定量放流で洪水調節を行うところ、淀川流域全体に大雨が降ったため、下流の水位を少しでも下げるべく特別防災操作として不定率調節が行われたのだ。

01本来は一定量放流の日吉ダム

01国土交通省「水文水質データベース」の「任意期間ダム諸量検索」で表示されたデータより作成。速報値のため実際の数字とは誤差があります

当初は本来の操作通り毎秒150立方メートルで一定量放流を行なっていたが、流入量が急激に増えた夜遅くから放流量をガクッと絞っているのが見てとれる。毎秒600立方メートル以上の最大流入量を記録した夜半すぎには、放流量を毎秒約15立方メートルまで抑え、なんと流入量のほとんどを貯め込んでいる

おかげで貯水量はものすごい勢いで増えたものの、台風は通り過ぎれば雨が止むので流入量の減少も先読みできたのではないだろうか。その後はまる3日以上かけて後期放流を行い、貯水位を下げ切って洪水調節を終えている。最大流入量を記録しているときに放流量を減らしているグラフが見事で、泣ける

少人数で食い止める。自然調節方式、一定開度方式

基本的に放流ゲートがなく、堤体に洪水調節用の穴(オリフィス放流口)だけが設置されているダムや、放流ゲートは設置されているものの、全開か全閉のみで細かい調節は行わないダムが大雨に立ち向かう戦略。

01堤体に穴と言われてもピンと来ないかも知れないけど、水門もついていない穴が空いているダムがあるのだ(大仁田ダム)

「計画最大放流量」が放流できる大きさの穴が堤体に開けられていて、貯水池に水が貯まると(1)そこから自然に少しずつ水が流れ出す。(2)流入量が増えると貯水池の水位も上がり、穴から流れ出す水の量も増えるけれど、(3)穴の大きさが決まっているので計画最大放流量を超えることはない。(4)流入量が減れば自然に放流量も減ってゆき、(5)貯水池の水位が穴の下端と同じになれば放流が止まり、洪水調節終了となる。

放流量の変化は流入量の変化にともなう水位や水圧の変化のみによるので、放流量のグラフがなだらかなカーブを描くのが特徴だ。

01自然調節方式の概念図

この方式のメリットは、人為的な操作がないので運用の人員が少ないダムでもきっちり洪水調節ができるという点。特に自治体が管理するダムは国交省などのダムに比べてさらに少ない予算、少ない人数で運用しているところが多いので、水門のメンテナンスや細かい操作が必要ないことは重要である。

水門があったほうが水を貯めたり流したりといった戦略的な幅が広がるのは確かだけど、降った雨がダム湖に流れ込んでくるエリアの面積(流域面積)が狭いと、雨が降ってからあっという間にダム湖に到達してくる。ダムの水門は大きく重いので動作に時間がかかり、流域面積が狭いダムでは流れ込んでくる水量の変化に操作が間に合わなくなる恐れがあるのだ。

ただし、穴が開いているだけだとそれ以上の水位で水を貯めておくことができないため、洪水期は開けっぱなしにしていた水門を洪水期が終わったら閉じて水位を上げることができるダムもある。

01黄色い水門は洪水期は開けっぱなし、それ以外は閉めておく(塩沢ダム)

ここでは例として、2019年の10月に襲来した令和元年台風19号、いわゆる東日本台風の大雨に襲われ過去最大の流入量を記録した、埼玉県秩父市にある荒川水系の浦山ダムの洪水調節をグラフにしてみた。

01洪水調節中ではないが洪水調節と同じ場所から放流する浦山ダム

01国土交通省「水文水質データベース」の「任意期間ダム諸量検索」で表示されたデータより作成。速報値のため実際の数字とは誤差があります

流入量の立ち上がりは非常に急だけど、ゲート放流を行うほかのダムに比べて放流量の立ち上がりがなだらかなのは分かると思う。最大流入量付近からあとはほぼ横ばいだけど、これは水位が放流口の上端を超えてさらに上がり、高い水圧の状態がしばらく続いたためと思われる。その後、放流量を貯水位が下がるとやや遅れて放流量もなだらかに減少、水位が下がり切るにつれて放流量も徐々に少なくなっていくという、非常に「下流にやさしい」放流量の変化が読み取れる。

ちなみに、流入量が一気に増え始めたころ、放流量がいったんほぼゼロに落ちているのは、おそらく予備放流で水位を下げるために利水放流設備から放流していたのを、午前8時頃に貯水位が上がってもうすぐ常用洪水吐を越流しそうだ、となって放流を停止し、その直後に常用洪水吐からの越流が始まった、という状態が記録されているのではないかと思う。

というわけで、基本的に洪水調節の戦略は以上の4種類に分けられる。しかし、ダムの位置、貯水量、洪水調節を行う時期、降雨の状況、下流の水位や被害状況、周辺のダムや河川の状況、流入量の増減の割合、今後の天気予測などによって、その場その場のさまざまな判断材料から「次の一手」が打たれるので、毎回セオリー通りとは限らない。

そして、洪水調節の目的のあるなしにかかわらず、大雨のときのダムはおそらく外部の人が想像もできないほど緻密で慎重な運用が行われている

ここでは詳しく書かなかったけれど、降雨量から流入量を予測したり、流入量をもとに放流量を細かく調節したり、支流までを含めた下流の状況にも目を配り、放流開始の前には下流を巡視したりサイレンを鳴らして警告したり設備の点検をしたり、自治体や警察消防などと連絡が行き交ったり、管理事務所は多忙を極める。そして大雨が長引いた場合、そんな状況が24時間も48時間も続くこともあるのだ。

01放流開始の前には放流設備の点検も欠かせない

どうか、いちどハイドログラフで運用をじっくり眺めてみてほしい。神経をすり減らしながら下流を守る人々のはたらきを感じ取ってほしい

最後の数センチまで…!緊急放流

最後に、ダムにおけるここ最近のトレンドワードである「緊急放流」と「事前放流」について軽く触れておきたい。

ダムのある川では「安全に流せる流量」が算出されているので、洪水調節中のダムは上流下流の状況を見ながら(1)「計画最大放流量」までは放流量を増やしていく。

01異常洪水時防災操作(緊急放流)の概念図

もちろん流入量がそれを上回れば貯水位は上がっていくけれど、満水に到達する前に大雨が終わって流入量が減れば洪水調節は成功となる。

しかし、(2)もし満水近くになっても流入量が多い状態が続いていると、もしかしたらダムで貯められる最高の水位を超えて、堤体の上を水が超えてしまうかも知れない。そうならないように、満水まで到達する予測が出たら、満水よりも少し手前の水位の時点で(3)計画最大放流量から「徐々に」増やし、(4)最終的には流入量と同じ、つまりダムがないのと同じ状態にする

これを「異常洪水時防災操作」と言い、マスコミは「緊急放流」と呼んでいる。このときの満水よりも少し手前、異常洪水時防災操作を開始する判断となる水位を「異常洪水時防災操作開始水位」、大雨時にダムで貯められる最高の水位を「洪水時最高水位」という。

このときの放流量が下流の川で安全に流せる量より多ければ、氾濫したり堤防が決壊したりして被害が出ることもある。しかし、ダムがなくても同じ状態になっていることに変わりはないところに注目してほしい。むしろもっと早く大きな被害が出ていた可能性が高い

もし、異常洪水時防災操作(緊急放流)を行わなかったら、貯水池の水位は上がり続けて、満タンのお風呂に浸かったときのようにダムの上を乗り越えてあふれ出す。それでもコンクリートダムならすぐに決壊、ということにはならないと思うけれど、水門の動作機構やダムの内部にあるセンサー類などにダメージが出る可能性は高く、その後しばらくダムが動かせなくなってしまう恐れがある。また、ダムの上を水が乗り越えている状態は流入量と放流量が同じになり、異常洪水時防災操作とまったく変わらない状態である。だから前もっての異常洪水時防災操作が必要なのだ。

いちおう、ここでも異常洪水時防災操作の例として、2018年7月に西日本で大きな被害が出た、「西日本豪雨」と呼ばれる集中豪雨の際に異常洪水時防災操作を行った、京都府にある淀川水系の日吉ダムの動きをグラフ化してみた。不定率調節方式の例でも出てきたけれど、基本的には毎秒150立方メートルの一定量放流で洪水調節を行なうダムである。

01国土交通省「水文水質データベース」の「任意期間ダム諸量検索」で表示されたデータより作成。速報値のため実際の数字とは誤差があります

グラフの特徴としては、計画最大放流量の毎秒150立方メートルを超える雨のピークが4回も来ていることに目を見張る。3回目までは通常通りの一定量放流で凌げていたが、その間に増えてしまった貯水量を減らす暇なく4回目のピークが襲来。3回目のピークからの流入量減少の途中で異常洪水時防災操作開始水位を超えてしまい、まだ放流量の2倍以上ある流入量に向けて放流量を増加。最後のピークも最大で毎秒1000立方メートルに迫る流入となり、放流量も計画最大放流量を大きく超えてそれを追いかける結果となってしまった。なんなんだこの雨の量は!

しかしそれでも、もっとも流入量の多かった3回目のピーク時はしっかり計画最大放流量で下流を守り、4回目のピーク時も計画最大放流量を大きく超えたとは言え、グラフをよく見ると、放流量の赤い線が同時刻の流入量の青い線を常に下回っていることが分かるだろうか。

ピークの時間帯はやや手前で横引きに移行するなど、このあとの流入量の予測と貯水池容量の残りを見極めた限界ギリギリの操作を読み取ることもできる。こういった非常事態でも冷静に、少しでも流入量より放流量を少なくする、というダム職員さんの信念のようなものがにじみ出たグラフになっている。

01洪水調節の目的があるダムで堤体の一番上にある放流設備は異常洪水時防災操作用(非常用)であることが多い(通常でも使うダムもある)

つまり洪水調節用のダムがあっても、想定された以上の大雨が降れば被害を完全に防ぐことはできない。しかし、川の状態を正確に知ることができるし、人々が避難するまでの時間を稼ぐこともできる。しかも、異常洪水時防災操作(緊急放流)に移行したとしても、ダムの中の人は洪水時最高水位に到達するまでの最後の数センチを使い切るかどうかというところまで、放流量を流入量より少なくするべくギリギリの操作を続けている。「緊急放流で一気に水が来る」などと言っている人々はこういった点をどうか理解してほしい。

力をひとつに…事前放流で備えを!

もうひとつ、最近になって「事前放流」という言葉をよく聞くようになった。洪水調節用のダムだけでなく、発電用や生活用水、農業用水用といった利水ダムでも大雨が予想されるときはあらかじめ水位を下げ、貯水できる容量を大きく空けておく運用ができるようになったのだ。

洪水調節用のダムは国土交通省や水資源機構、自治体などが管理しているけれど、発電用のダムは電力会社、生活用水や農業用水用のダムは自治体や農林水産省が管理しているものが多い。しかし、洪水という共通の敵に対して事業者の縦割りをなくして共同で立ち向かえるようにしたのは本当に大きな一歩だと思う。

01発電用ダムでも水位を下げて大雨を待ち受けられるようになった(須田貝ダム)

ただし、これで安心と胸を撫で下ろすのは非常に危険だし、ましてや洪水被害が発生するごとに「事前放流はされていたか?」と素人が検証するのはほとんど意味がない。

ここからは個人的な意見だけど、事前放流は確かに非常に大きな効果があると思う。ただし効果を十分に発揮するのは雨の降る場所や降りかたの条件がハマった場合に限って、だと思っている。

その理由は、まず貯水量の問題だ。

皆さんは「ダム」と聞いてどんなものを想像するだろうか。何となく頭に浮かぶのは、広大な貯水池を持つ巨大なコンクリートの壁、といったようなものではないだろうか。

しかし、河川法では川に造られた「高さが15m以上」の貯水施設をダムと定義している。中には小さな集落の水源といった役割にすぎない「ため池」でも高さが15m以上あるので「ダム」となっているものも少なくない。発電用でも、取水が目的であれば本体は小さく貯水容量もほとんどないというダムや、大河川の本流に造られていて増水したらあっという間に満水になってしまうダムも珍しくないのだ。

01こんな小さな発電用ダムに洪水貯留の任務を負わせるのは可哀想(宮の元ダム)

こういったダムは、たとえ事前放流したところで増水した水が流れてきたら、がんばって空けた容量も「瞬殺」である。そもそも設計段階から目的が違うんだから仕方がない。短距離選手と長距離選手が同じフィールドで競い合うようなものだ

先日とある川で大きな洪水被害が発生してしまったとき、新聞やジャーナリストなどが「すべてのダムが事前放流していれば.…..」などと書いていた。確かにその流域にはいくつかの「ダム」があるが、その中で大きな貯水能力を持つダムはひとつで、あとはこういった「極めて小規模なダム」が点在するのみだった。事前放流に期待するのであれば、せめて流域にあるダムの規模と役割は把握しておかなければならない

01こんなダムも増水したら一瞬で満水になるだろうし...…(夜明ダム)

もうひとつ、設備や運用の問題もある。

上の洪水調節の説明で書いた通り、洪水調節では「下流に流して安全な分は流し」「流入量より放流量を少なくし」「もっとも流入量の多いところを貯める」ことで最大の効果が発揮される。そのためには、水位を下げた状態でもある程度の水量を放流できる設備が必要になる

01洪水調節用のダムはいろいろな放流設備を装備している(温井ダム)

もちろん洪水調節用のダムには必ず設置されているけれど、その目的がないダムには設置されていない。あったとしても発電所に送ったり、水道用水や農業用水を補給するための小規模な設備がほとんどだ。そうすると、洪水調節用のダムであれば放流するであろう「計画最大放流量以下の流入」もほとんど貯めてしまうので、大規模な雨の場合「もっとも流入量の多い時間帯」の前に貯水容量を使い切ってしまう可能性がある。これも、設計段階から目的が違うんだから仕方がない。

01発電所に送る以外はいちばん上のゲート以外に放流設備がない(泰阜ダム)

逆に、事前放流がはまるケースを考えてみる。

たとえ小さなダムであっても、その上流に、いきなり降雨のピークが来るゲリラ豪雨のような雨が短時間降った、というような場合は大きな効果があると思う(そういった雨を事前に予測して水位を下げられるかどうかは別として)。

また、巨大な貯水池を持つダムであれば、必然的に貯められる量も多くなるので、洪水調節の目的がなくても事前放流の効果は絶大になるはずだ。実際、過去にも巨大な発電用ダムの水位が下がっているところに台風が来て大量の水を食い止め、結果的に下流の被害を大きく抑えた、という例はある。発電用ダムによる洪水抑制。この「異例」の事態が、事前放流の実施によって異例でなくなる、というのはダムファンにとって胸が躍る話である。もっとも、ただでさえ渇水に対して敏感な利水ダムの負担やプレッシャーは増えるし、「恒例」になるほど大雨が頻発するのも困り物だけど。

01発電用でも巨大な貯水池を生かして大雨をため込むことができるダムもある(池原ダム)

繰り返すけれど、これまでやろうとしてもできなかった利水ダムの事前放流を、さまざまなダムで実行可能になった効果は大きいと思う。ただし洪水調節用のダムが万能ではないのと同じで、その目的がないダムに過剰な期待をかけるのはもっと危険だと思う。ましてや、事前放流をしたのに被害が防げなかった!などと怒りの矛先を向けるのはお門違いである。

そして、洪水調節の目的がないダムの事前放流に注目する前に、まずは洪水調節の目的があるダムの運用や効果を、しっかりと見届けるのが先だと思う。

一人ひとりが、自分の身近にあるダムの目的や規模をある程度把握して、緊急時の判断に役立てられるようになったら良いなと思います。

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