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萩原雅紀のダムライターコラム【17】「東京オリンピック」とダムの深イイ関係

編集部 2021年09月27日

誰ひとりとして想像もしなかった理由で、2020年夏に開催予定だった東京2020オリンピック/パラリンピック(以下、東京2020大会)は延期となってしまった。残念だけど、世界中がそんなこと言っていられない状況なので、なんとか来年には騒ぎが収まっていることを祈りたい(編集部注:この記事は2020年春に書かれたものです)。

ところで、そんなオリンピックムードが盛り上がってきた2019年夏頃から、関東地方のダムも平和の祭典に向けて密かに動いていたことをご存知だろうか。

実は、開催地である東京を中心とする首都圏の生活用水を担う利根川水系、荒川水系、多摩川水系のダムで、東京2020大会を見据えた特別な運用が行われているのだ。訪日観光客を見込んだ放流イベントの準備…とかではないですよ(そういう企画もあったかも知れないけど)。

01競技もいいけど来日した外国人みんなに見てもらいたい奈良俣ダム

オリンピックとダム、一見すると何の繋がりもなさそうだ。ボート競技会場もダムではない。
しかし、実は前回の開催時から、東京オリンピックとダムは深い関係があるのだ。

記事初出:『建設の匠』2020年4月17日

 

水不足、襲来

生まれていないのでもちろん伝聞でしか知らないけれど、1964年に開催された東京オリンピックの直前、東京は大渇水に見舞われていた。いわゆる東京砂漠の誕生である。

当時、上水道用の水を確保するダムは多摩川上流の小河内ダム、そして大正末期から昭和初期にかけて完成した村山貯水池、山口貯水池だけだった。しかし、高度経済成長とともに爆発的に人口が増え、当然水需要も増加の一途。

小河内ダムはオリンピック開催の4年前から水不足に陥り、さらに記録的な小雨もあって貯水が回復せず、都内は最大で50%もの給水制限が行われた。

01時代を感じさせる給水塔がシンボルの首都の水がめ零号機、村山下ダム

01首都の水がめ初号機、小河内ダム

華々しく開催されたオリンピックの裏で、都民は蛇口をひねっても1日の半分しか水が出ない日々に悩まされたのだそうだ。

そんな東京の水不足を解消する切り札として、それまでほとんど多摩川一本に頼っていた水源を、豪雪地帯を抱え水量の豊富な利根川水系も使えるように、利根川の水を荒川に流す全長14.5キロの武蔵水路の工事が「突貫」と言えるほどの急ピッチで進められ、しかし東京オリンピックには間に合わず、閉幕2年半後の1967年春に完成。

ようやく水不足解消に弾みがつくと、同年には利根川最大の貯水量を持つ水系のボス、矢木沢ダムが最上流に、さらに翌年には最強のNo.2、下久保ダムが支流の神流川に完成した。

その後、現在までに草木ダムや奈良俣ダムといった錚々たる面子が登場、今年に入って最後のジェダイ・八ッ場ダムもついに仲間入り。1964年の開催時と比較して、首都圏の渇水対策は万全になったかに思われる

01武蔵水路に送る水を取水する利根大堰

01現代の東京の命綱、武蔵水路

01新時代の首都の水がめ弐号機、矢木沢ダム

決戦、東京2020大会

しかし、流域で3000万人以上の人口を賄うには、これでも不安が解消されたとは言えず、平成以降だけでも単純計算でオリンピック開催間隔と同じ4年に一度の割合で取水制限が起こっている。

国の威信をかけて開催する一大イベントだけに、万がいち雪や雨が少なかったとしても、世界中から人々が集まった真夏に蛇口をひねっても水が出ない、という状況は是が非でも回避しなければならない。

というわけで、今回のオリンピック開催にあたっては、利根川の水を管理する国土交通省を中心に、農林水産省や流域の自治体、水資源機構などがONE TEAMとなって、水の安定供給のためのさまざまな行動計画が練られたのだ。

具体的には、オリンピック期間中の夏季は多目的ダムにとって「洪水期」と言って、大雨に備えて貯水できる容量を増やすため、「夏季制限水位」という通常より低い水位に下げる運用を行なうところ、一部のダムで「弾力的管理」として洪水調節に支障をきたさない範囲で水位を上げる、つまりやや多めに水を貯めておく運用を行う予定になっている。

01満水位から大きく下げ、夏季制限水位で大雨を待ち受ける浦山ダム

さらに、利根川下流の水を江戸川に送ることができる北千葉導水路などを有効活用し、上流ダムの貯水を温存する運用も行われる。

具体的には、江戸川で取水される上水道用水や工業用水用の水が足りなくなりそうなとき、通常であれば上流ダムから補給するところを、あとは太平洋に流れ出るだけだった利根川下流や霞ヶ浦にある余剰水を送ることで賄う、といった運用だ。いつの間にかそんな、(ラグビーの)ジャッカルのような作戦が可能な設備が整えられていたとは!

同様に、荒川でも下水処理場から出た水をさらに浄化施設に通し、上水道を取水する堰の下流に流して、本来取水堰から流すはずだった維持流量の一部と見做すことで堰の放流量を減らす、つまりは上流ダムからの補給量を抑えるという、ウルトラC的な運用を行うという。ウルトラCって最近言わないか。

こうして、万全の備えで臨んだオリンピックイヤーの春、利根川、荒川、多摩川の各水系のダムたちは、かつてないほどの量の貯水を湛えていた。何と言っても、昨年秋に襲来した空前の強力台風である令和元年台風19号の水を貯めたことが大きいけれど、冬の間も放流量を節約することで軒並み100%近い貯水率をキープしたまま年を越した。

01滝沢ダムは運用開始して初めて満水を迎えた(写真は試験湛水の満水時)

01下久保ダムもほぼ満水まで貯まっている(写真は2006年秋の貯水率98.8%時)

すると、まるで予測していたかのようにこの冬は記録的な雪不足となり、さっそくこの運用が大きな意味を持つことになった。利根川水系の生命線である雪解け水が例年ほど期待できないので、例年通りの運用であれば春の農業用水補給の時点で水不足の心配をしなければならなかったかも知れない。

また、結果論とは言え、オリンピック延期の原因となった新型ウイルスについても、予防のための手洗い、うがいが心置きなくできるのは清潔な水をいつでも安心して使える、という環境があってこそである。

そういう意味ではダムのオリンピック・パラリンピックを見据えた運用によって、今のところは水不足の心配がないという心理的な効果はとても大きいと思う。現時点で日本の感染者が諸外国と比べて少ないのは、清潔な水道が自由に使える、つまりダムや上下水道設備の整備が要因、と言っても過言ではないのだ。

ただし今後、梅雨時期に雨が少なかったら夏場はピンチになるかも知れないけど。

01雨が降らないと矢木沢ダムの貯水もあっという間に減ってしまう(写真は2016年夏の渇水時)

まごころを、君に

しかし逆に、このウイルスのおかげで今年の春に各地のダムで開催される予定のイベントがすべて中止になってしまった。

奥利根に遅い春の訪れを告げる風物詩として、最近はすっかりお馴染みになっていた矢木沢、奈良俣、藤原のみなかみ3ダム点検放流も、3月末に完成した八ッ場ダムの竣工式典も、新型ウイルスの影響ですべて取りやめ。

この点については本当にこのタイミングで出てきたウイルスが憎い

01もはや恒例となった大迫力の矢木沢ダム点検放流も今年はお預け

というわけで、水不足に悩まされた前回のオリンピックの教訓を生かし、開催期間の水供給を万全にするために、首都圏のダムや河川施設が持てるすべての能力を出して水の確保に努めていた、という話でした。

おそらく、この運用は2021年、東京2020大会が開催されるまで継続されると思う。それまでにどうにかウイルスを押さえ込んで、また水をたっぷり貯め、春には各地で点検放流イベントを盛大に開催し、夏には世界中からの観客を迎えての一大イベントが無事に行われることを心から願いたい(編集部注:この“願い”は2020年春に書かれたものです)。

無事に東京2020大会が閉幕したら、選手や運営などすべての関係者と同じように、水や電気などを安定して供給したインフラ関係者にも、心の中で「おつかれさまです」と伝えてほしい(編集部注:『なにはともあれ、おつかれさまでした』と心の中で伝えましょう)

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