ダム好きには面白いポイントであり、初心者にとっては難しいところでもあるのだけど、ひとくちにダムと言っても現地の雰囲気はまったく違う。
見学に行ってダムカードをもらおうと思っても配布していないダムもあるし、見学設備が整っていてウエルカムなダムもあれば、敷地内が完全に封鎖され、立入禁止の看板だらけでほとんど見学できないダムも少なくない。
逆に、そもそも来訪者を想定していない、完全無防備な、そして一般人の目から見るとダムに見えない「ダム」も存在する。
なぜそういった違いが生まれるかと言えば、それはダムの事業者、つまりダムを管理、運用している組織の違いである。そしてそれはダムの目的の違いでもある。
そこで今回は、ダム好きの目から見た「事業者別ダムのポイント・攻略法」をお伝えしたい。
記事初出:『建設の匠』2019年10月15日
ダムの型式の違いを説明するときに、大きく分けて「コンクリートのダム」と「土や岩を積み上げたダム」のふたつがある、と言うことが多いのだけど、同じように、事業者から見た違いとしても、ダムは大きくふたつに分けられる。
そのひとつが「多目的ダム」、そしてもうひとつが「専用ダム」である。
その名の通り、多目的ダムは洪水調節を含む、いくつかの目的のために造られたダムで、洪水調節と、あともうひとつ、水道用水の確保でも発電でも何か目的があれば多目的ダムになる。
専用ダムは、厳密にはひとつの目的、つまり発電だけとか、かんがい用水だけとかのダムを指す。しかし、たとえば水道用水と発電とか、工業用水と農業用水の確保のためのダムも、洪水調節を行わない、「利水専用ダム」と言えるのかも知れない。
また、洪水調節のみの役割を背負った「洪水調節専用ダム」もある。
ここからはかなり個人的な印象で各事業者別ダムを解説していく。
多目的ダムの代表格は、国土交通省管理の通称「直轄ダム」だ。一級河川の治水や利水上の重要ポイントに造られている巨大ダムが多く、ほとんどの場所で、案内板や資料館など見学設備も整っている。千客万来、例えるならターミナル駅に設置された百貨店、といったポジションである。
デザインはコンサバティブなものが多いかと思いきや、2000年頃から数年間、ほかの事業者では例を見ないほどアバンギャルドな堤体が建設され、ダム業界に小さくない衝撃が走った。
しかし最近は、その揺り戻しかと思うほどシンプルなものが建設されている。
もうひとつ代表的な多目的ダムとして、水資源機構管理ダムがある。目的や建設の経緯はほぼ直轄ダムと同じで、見学設備が充実しているダムがほとんど。積極的にイベントを仕掛けてくるところが多いのも特徴だ。
デザイン面では、以前は直轄ダムと見分けがつかないものが多かったが、近年は一貫してシンプルかつモダンで、見る人が見れば「機構っぽい」と分かるダムが増えていて、ダム界のイオンモール的存在と言える。
ただ、書く前は頭の中に明確なイメージがあったのだが、実際写真を見返してみるといまいち自信がなくなってきた。上に書いたように、あくまで僕の主観ということでご承知ください。
また、同じ水資源機構でも農水系のダムもあり、こちらは治水系ほどの派手さはなく、シンプルな看板に最低限の見学設備、といった朴訥な印象である。
直轄ダムや機構ダムは、その川の治水や利水の安全を確保する中核施設と言える。そしてそれを補佐するように、周辺の支流にはひと回りもふた回りも小さな多目的ダムが配置されていることが多い。こういったダムはほとんどが都道府県や市町村といった自治体管理である。
放流設備や見学施設などは、直轄に引けを取らない豪華なところもあるが、いかにもコスト重視、といった雰囲気で最低限の装備のところも少なくない。
機能第一の見た目、かつ画一的な存在感の中小規模堤体が各所に点在しているさまは、まるでコンビニエンスストアのようだ。
専用ダムとは言え目立たない堤体ばかりかと言えばそんなことはなく、むしろ日本を代表するような有名ダムはこちらの方が多い。放流設備はシンプル、色合いも地味でデザイン的にも装飾などの特徴はほとんどないが、山深い谷間を塞ぐ姿は孤高の存在感を醸し出している。
巨大ダムと聞いて、堤高日本一の黒部ダムはもとより、多くの人が奥只見、佐久間、御母衣といった巨大ダムの名前を一度は耳にしたことがあるのではないか。その理由は何と言っても、日本の高度成長を支えたダムはすべてこれらの巨大発電用ダムだからにほかならない。
上に挙げたダム名のうち、関西電力が社運をかけて建設した黒部ダム以外はすべて、戦後すぐに設立された卸電気事業者である電源開発が建設・運用している。卸なので発電した電気は一般の電力会社に売られ、一般家庭などに直接供給することはないが、陰ながら我々の生活の一端を担っている。小売りしていないのに各地に電力館というPR施設を運営し、完全立入禁止のダムもほとんどなく、ダムカードに参入している、という点も見逃せない。実店舗はなくとも生活に欠かせないAmazonのような巨大ネットワークを築き上げているのだ。
いっぽう、皆さんおなじみの通称9電力会社、つまり北海道、東北、東京、北陸、中部、関西、中国、四国、九州といった各電力会社も、エース級はやはり地域を代表するような存在感を放っている。
しかし、ほとんどのダムに共通しているのは、残念ながら見学設備が充実しているとは言えない、というかどちらかと言うとあまり積極的なPRをしていない、という点だ。
天端が一般道として使われているところ以外、所有する巨大ダムのほとんどを立入禁止にしている電力会社も少なくない。
自由化でコスト競争がはじまったせいか、水力発電の存在感が薄くなったせいか、各地のダムで電力会社が運営していたPR施設もこの十数年で次々と閉鎖されてしまった。その姿は一時期駅前で派手に覇権を争いつつ、最近はやや落ち着いてきた家電量販店をイメージさせる。
ダムカードなどによるダムめぐりの盛り上がりやインフラツーリズム、それと自然エネルギーの見直しなどの要素が、電力会社の水力PR縮小のタイミングに少しだけ間に合わなかったのが残念でならない。しかし、各電力会社では最近になってふたたび水力発電のPRに力を入れ始めてきているので、ダム好きももっと発電ダムに訪れて、電力会社がダムを解放せざるを得ない状況まで持っていきたい。何かいい方法ないだろうか。
ちなみに堤体デザインによって電力会社を見分けられるような特徴はほとんどないけれど、唯一といっていいのがクレストゲートの色で、関西電力のダムの多くはクレストゲートが黒く塗装され、ファンからは「関電ブラック」と呼ばれている。また、中部電力もすべてではないけれど、シンボルマークのカラーに近い朱色に塗装されたクレストゲートを持つダムが何箇所か存在し、同じく「中電レッド」と呼ばれている。
さて、PRだとかデザインだとか、そういったダム界の盛り上がりはどこ吹く風、というようにまったく違う時間軸にいるダム群がある。それが農業系ダムである。
農水省直轄ダムもあるけれど、国土交通省直轄の多目的ダムのような派手さはいっさいなく、規模に関わらず簡素な看板以外にPR施設もほとんどない。そればかりか天端は一般道として使われているところ以外はほぼ立入禁止である。存在感はあれど一般市民と繋がりがない大規模倉庫のような立ち位置だ。
県や土地改良区管理のダムも多くは同じで、簡単な説明看板はあっても基本的には天端は立入禁止。ダムカードを配布しているところがあって逆に驚くくらいである。もちろん、小規模のアースダムには「ダムであること」を示す看板などの類すら一切なく、雑に「立入禁止」と書かれた三角コーンがひとつだけ置かれている、というようなところも珍しくない。
農業系ダムは見学者を想定していない、という以前に、そもそも巨大ダムも小さな集落のため池もまったく同じ目線で見ていると思う。それはそれで一貫している。
というわけで、かなり主観的に事業者別にダムを分類してみた。ここでポイントなのは、事業者別、目的別というのはあくまでもダム側の都合であって、われわれ一般のダム見学者、特にそれほどダムに詳しくない一般人にとっては地図に「ダム」と書かれていて現地に堤体と貯水池があれば全部ひっくるめて「ダム」なのだ。だからどのダムでもPR施設を造ってダムカードを配布して……とも思うけどダム側の都合も理解できるので、発電用でも農業用でも、せめてある程度の規模のものは天端くらい自由に見学させてくれるようになってほしいなと思う。
そのためにはダム界のさらなる盛り上がりが必要です。というわけでみんないますぐダムに行こう!