ダムめぐりの楽しさのひとつに「いくつかの決まった型式があって、外観にバリエーションがある」というところがある。同じような大きさや形の重力式コンクリートダムばかり見てまわっても最初は何がなんだか、だと思う(分かるようになるとそれはそれで細かな違いを見つけて興奮できる)けれど、出てくるダム出てくるダムすべてがまったく違う形をしていれば、ダムめぐり初心者、ベテラン関係なくシンプルにダムめぐりを楽しめると思う。
そこで今回は、一日でいくつもの異なる型式のダムを見ることができる「ダム群生地」をご紹介したい。
気候が穏やかになり紅葉も綺麗な秋の休日に、ぜひ出かけてみてください。
記事初出:「建設の匠」2019年9月12日
関東地方を代表するダム群生地と言えば群馬県のみなかみ町、利根川の最上流域を置いてほかにない。
関東だけでなく日本を代表する巨大ダム銀座と言っても過言ではないこのエリアには、まず最下流に「聖域」の入口を守るように堤高33mの重力式コンクリートダムである小森ダムが鎮座し、その奥に「重力式コンクリートダムの標準形」とでも呼べるような均整のとれたスタイルを持つ堤高95mの藤原ダム、1955年(昭和30年)竣工と奥利根でいちばん最初に建設された堤高72mの須田貝ダムといった重厚なコンクリートダムが続けて立ち並ぶ。
ダムの「聖地」を守る小さな小森ダム
さまざまな面で均整のとれた堤体である藤原ダム
贅沢は言わないがせめて全景が見られるポイントがほしい須田貝ダム
須田貝ダムは利根川本流と支流の楢俣川の合流点に設置されており、それぞれの上流にこのエリアのアイコンである堤高131mのアーチ式コンクリートダムである矢木沢ダム、そして関東地方最大となる堤高158mのロックフィルダム、奈良俣ダムが聳える。
個人的には矢木沢ダムを先にして強烈なインパクトを与えつつ……
ふつうの人がほぼ見たことないであろう超巨大ロックフィルの奈良俣ダムに出くわした反応を見てみたい
東京電力が管理する発電専用ダムである小森ダム、須田貝ダムはあまり近づくことができないが、国土交通省が管理する藤原ダム、水資源機構が管理する矢木沢ダム、奈良俣ダムといった多目的ダムはさまざまな位置や角度から眺めることができ、100mクラスの巨大な重力式、アーチ式、ロックフィルそれぞれの魅力を存分に味わうことができる。
ダムに興味はあるけれどまだ見たことがない、という人はここに連れて行けば間違いなくハマる。そしてその場合、まずスタンダードな藤原ダムを見せたあと、矢木沢ダムと奈良俣ダムのどちらに先に行くか(どちらを最後に取っておくか)、アテンダントの方が悩むことになるだろう。その後の型式の好みを左右しかねないからだ。そのくらい、どちらもインパクトのある存在なのである。
また、このエリアのダムは春になると雪解け水の流入による放流が見られることもポイントが高い。さらに、最近は矢木沢、奈良俣、藤原の3ダムが連携して年一回の点検放流を行い、この山奥に数千人を集める巨大イベントにまで成長した。まさに日本が誇る巨大ダム密集エリアなのだ。
いまや数千人が訪れる矢木沢ダムの点検放流イベント
岐阜県中南部のいわゆる中濃地方には、歴史ある名門堤体から新時代のものまでさまざまな時代、さまざまな型式のダムが揃っていて、奥利根エリアに匹敵する魅力を備えている。
中央自動車道の恵那インターを降りたところをスタート地点とし、10分ほど北上すると木曽川に架かる細い橋を渡る。この橋の上で向かって右の上流方向を眺めると、おびただしい数の黒いラジアルゲートが並んだ巨大なコンクリートの壁が立ちはだかっている姿に度肝を抜かれる。これは1924年(大正13年)に竣工した大井ダムで、現在は関西電力が管理している発電専用のダムだ。堤高は53.4mで、完成当時は国内で2番目に高いダムだった。
大きさや迫力はもとより大正時代にこれが造られいまも現役という事実に圧倒される大井ダム
このダムの建設を進めたのは福沢諭吉の養子で「電力王」と呼ばれた福澤桃介。中部地方を代表する大河川である木曽川を堰き止めた、という意味でも日本のダム史に残る超名門ダムだ。
橋の上から大井ダムを堪能していると、向かって右手、木曽川の左岸側に流れ込む支流が見えると思う。この川は阿木川と言って、この川を遡るように進むと巨大なロックフィルダムが姿を現す。1990年に完成した堤高101.5mのロックフィルダム、阿木川ダムである。
市街地のすぐ奥にこんなに巨大なロックフィルダムがと驚く阿木川ダム
さらに南下し、愛知県との県境を流れる矢作川沿いに走ると美しい弧を描くアーチダムが出現する。1970年に完成した矢作ダムだ。堤高100mの多目的ダムで、中京地区のダム好きは皆ここでアーチダムの洗礼を受けるという。
中京地域のダム好きの信仰を集める矢作ダム
矢作ダムを過ぎてふたたび木曽川方面に北上すると、2004年に完成した堤高114mの重力式コンクリートダム、小里川ダムにたどり着く。堤体に巨大な円柱を埋め込んだ、神殿のような唯一無二のデザインが特徴で、堤体内のエレベーターで上と下を行き来できるなど、国土交通省のデザイナーズダムのひとつに数えられる。
後にも先にもここだけのぶっ飛んだデザインの小里川ダム
さらに北上して木曽川に戻ると、時代を感じさせる重厚な重力式ダム、丸山ダムに到着。1955年(昭和30年)に竣工し、近代的な多目的ダム時代の幕を明けた堤高98.2mの堤体だが、まもなくすぐ下流に建設工事が始まる新丸山ダムの貯水池に水没しようとしている。
新丸山ダムの工事が徐々に進み始め確実にあと数年で見られなくなる丸山ダム
大正から平成まで、さまざまな時代に造られたダムを愛でることができる中濃ダムめぐり。魅力をもうひとつ付け加えるなら、木曽川に設置された大井ダムと丸山ダムは、大雨で木曽川が増水すると比較的頻繁にクレストゲートからの放流が見られる、という点を挙げておきたい。
大井ダムの放流の迫力はいちど味わってほしい
また、関西地域では京都府と奈良県、三重県にまたがる淀川水系木津川の流域に、堤高67mの重力式アーチダムである高山ダム、堤高72mの重力式コンクリートダムの脇にロックフィルの鞍部処理工を持ち、一見すると複合ダムのように見える布目ダム、珍しく天端側水路を持つ堤高70.5mの重力式コンクリートダムである比奈知ダム、堤高82mとこのエリア随一の高さを誇るアーチ式コンクリートダムの青蓮寺ダム、3門の赤いクレストゲートが目を引くクラシカルなスタイルの重力式、室生ダムといった個性的な面々が集まっている。
かなり珍しい重力式アーチダムのひとつ、高山ダム
重力式の堤体の奥にロックフィル部分が接続されている布目ダム
天端側水路に入れるイベントも行われているのでぜひ参加したい比奈知ダム
ゲートの色は青蓮寺ダムという名前に由来しているのだろうか
オーソドックスな堤体に赤いゲートが映える室生ダム
これらのダムはすべて水資源機構が管理する多目的ダムで、名張市内や淀川水系の治水、利水を担う。同じ組織に属しながら異なる個性を持つダムの集団、ということから、ファンの間では「木津川戦隊ゴレンダム」と呼ばれているが、赤いクレストゲートを持つ室生ダムがレッド、ゲートがその名の通り青く塗装されている青蓮寺ダムがブルーである以外のキャラ設定は各自の判断に委ねられている。
また、同じ流域で6番目の多目的ダムとなる川上ダムが現在水資源機構によって建設を進められており、完成した場合「ロクレンダム」となるのか、違う呼び名となるのかはまだ決まっていない。
ゴレンダムに加入予定の新メンバー・川上ダム建設工事現場
九州地方にもさまざまなダムが集う群生地がある。福岡県八女市と大分県中津江村、熊本県菊池市が入り組んだエリアで、中心付近にある鯛生金山付近から3方向に分かれた山道を進んで行くと、福岡県側に非常にタイトな重力式コンクリートダムの日向神ダム、熊本県側に堤高日本一の重力式コンクリート・ロックフィル複合ダムである竜門ダム、大分県側に筑後川の治水をコンビで担うアーチ式の下筌ダムと重力式の松原ダムが設置されている。
横幅が狭くタイトな迫力のある日向神ダム
手前が重力式、奥にロックフィル部分が接続されている竜門ダム
筑後川の治水を担う下筌ダムは大きな反対運動を経て建設された
残念ながら松原ダムはあまり見られる場所がない
それぞれのダムが守る矢部川、菊池川、筑後川は峠を挟んで3方向に流れ下っていくが、最終的にはすべて有明海に注いでいるというのも面白い。これらのダムたちが九州北西部のかなりの面積をカバーしているのだ。
これまでご紹介したダムめぐりコースは、「群生地」と言えどもある程度距離が離れており、車の走行距離は少なくても数十キロ、長いものでは百キロを超えてくる。しかしそんなに気合の入ったダムめぐりは疲れる! もっと手軽にいろいろなダムを見たい! という声もあるだろう。そこで最後に、ほんの1時間以内にさまざまな型式のダムを見ることができる場所をご紹介したい。これぞ本当の「群生地」である。
場所は北海道の函館市。函館駅からでも空港からでも車でおよそ30分で到着する笹流ダムは、日本で最初に建設されたバットレス式ダム。昭和59年に改修工事が行われ、ヨーロッパの古城や宮殿のような姿はダム好きでなくても必見の美しさ。そこからさらに10分ほど進んだ場所に設置された重力式コンクリートダムの新中野ダムはそれほど特徴のあるダムではないが、堤高75mと周辺では随一の大きさ。
笹流ダムは函館観光のルートに組み込んでいいレベル
堤高53mの中野ダムとして完成後22m嵩上げ工事が行われ新中野ダムとして生まれ変わった
そして次に向かうのは、新中野ダムのすぐ下にある公園である。木々が立ち並ぶ草原の中を遊歩道が通りせせらぎが流れる手入れの行き届いたきれいな公園だけど、入口の看板には「ダム公園」の名が。園内を歩くと、その小さなせせらぎに北海道を代表するダムのミニチュアが造られているのだ。いま見てきたばかりの笹流ダムはもちろん、目の前にある新中野ダムも忠実に再現。さらに北海道最大のアーチダムである豊平峡ダム、同じく道内を代表するロックフィルダムの大雪ダムもミニチュア化されていて、数分で北海道の主要ダムめぐりができてしまうのだ。
こういう公園が日本中にもっとほしい
いきなり目の前にある新中野ダムがミニチュアで登場
笹流ダムも精巧にミニチュア化
アーチも忠実に再現されている豊平峡ダムのミニチュア
ロック部分も見事に表現されている大雪ダム
函館に行ったら笹流ダムはまず見に行くとして、もしダム公園でほかのダムにも興味が湧いたらぜひ北海道のダムめぐりに出発してほしい。本州とは比較にならない距離のドライブになること間違いなしだけど。