夏といえばダム! というわけで各地のダムを紹介したいところだけど、暑すぎて外に出るのは危険だ。
毎年7月下旬から8月上旬にかけて、国土交通省と林野庁が全国で「森と湖に親しむ旬間」というイベントを開催し、各地のダムで⾒学会などが⾏われるのだけど、最近は熱中症対策でイベント規模もやや縮⼩傾向なのだ(編集部注:2020~2021年は新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止になったダムも多かったようです)。
そこで今回は、涼しい部屋の中でこれまでにないダムの可能性を探ってみたい。具体的には、一般的なダムのスペックを少し弄って新たな要素を算出し、比べてみるのだ。もしかしたら、お子さんの夏休みの自由研究のヒントになるかも知れない。
記事初出:『建設の匠』2019年8月9日
一般的に、ダムを構成するスペックといえば、堤体の高さを表す「堤高」、幅を表す「堤頂長」、体積を表す「堤体積」、貯水池の容量を表す「総貯水容量」などだ。ダムカードの裏面に記載されたデータもほぼこれである(堤体積は記載なし)。
高さや幅、貯水容量などは単純にダムの大きさを見てとれる。しかし、それだけでは見えてこない要素もある。たとえば、総貯水容量が同じくらいでも堤高や堤頂長、型式がまったく違うダムもある。
つまり、同じ貯水容量なら堤体が小さい方が「効率が良い」と言えるのではないか。そこで、総貯水容量を堤体積で割って、単位体積あたりの貯水容量を比べてみるのはどうだろう。
言うなれば「堤体の貯水効率」である。
果たして、1立方メートル(以下 m³)あたりでもっとも大きな貯水容量を持っているダムはどこだろう。というわけで、目ぼしいダムをピックアップして、ひたすら総貯水容量を堤体積で割っていく。
まずは総貯水容量トップ10のダムを計算してみた。
1位 徳山ダム(岐阜県揖斐郡)
総貯水容量 6億6000万m³/堤体積 1370万m³=48.18
2位 奥只見ダム(福島県/新潟県)
総貯水容量 6億100万m³/堤体積 165万8000m³=362.48
3位 田子倉ダム(福島県南会津郡)
総貯水容量 4億9400万m³/堤体積 195万m³=253.33
4位 夕張シューパロダム(北海道夕張市)
総貯水容量 4億2700万m³/堤体積 94万m³=454.26
5位 御母衣ダム(岐阜県大野郡)
総貯水容量 3億7000万m³/堤体積 795万m³=46.54
6位 九頭竜ダム(福井県大野市)
総貯水容量 3億5300万m³/堤体積 630万m³=56.03
7位 佐久間ダム(静岡県浜松市/愛知県北設楽郡)
総貯水容量 3億4300万m³/堤体積 112万m³=306.25
8位 池原ダム(奈良県吉野郡)
総貯水容量 3億3837万m³/堤体積 64万7000m³=522.99
9位 早明浦ダム(高知県長岡郡/高知県土佐郡)
総貯水容量 3億1600万m³/堤体積 120万m³=263.33
10位 一ツ瀬ダム(宮崎県西都市)
総貯水容量 2億6132万m³/堤体積 55万5000m³=470.84
(参考)黒部ダム(富山県中新川郡)
総貯水容量 1億9929万m³/堤体積 158万2000m³=125.97
見たことない数字なのでいまいちピンと来ないかも知れないけれど、この数字は「堤体1m³あたりの貯水量」なので、大きい方が「貯水効率の良いダム」ということになる。
数字にバラつきがあるのは当然で、堤体の型式によって分母である体積がまったく変わってくるから。堤高、堤頂長が同じなら、アーチダムが体積が少なく、ロックフィルダムは大きくなる。だからこの比較はフィルダムにとって厳しい。
そんなデータに意味あるのか、という意見もあると思うけれど、それでも「できるだけ小さな堤体で大きな貯水容量」こそがダムの究極の目標だと思うので、気にせず比べていく。
総貯水容量6億6千万m³で日本一の徳山ダムだけど、堤体積も日本一のロックフィルダムなのでこの比較では分が悪く、なんと総貯水容量トップ10の中で堤体の貯水効率はブービーである。
6億1千万m³で僅差の2位である奥只見ダムは重力式コンクリートダム、堤体積は徳山ダムの約8分の1のため貯水効率では大差をつけてリードしている。意外なところでは夕張シューパロダムが(総貯水容量と比較すると)かなり堤体が小さく(それでも堤高110.6m、堤頂長390mある)、この中では重力式コンクリートダムでトップである。
夕張シューパロダムが建設される前、この地にあって現在は新しい貯水池に水没している大夕張ダムも、計算してみると436.0でほとんど効率に差がなかった。もともとダム建設に適した場所だということだろう。
同じように、広大な貯水池を誇っていても型式がロックフィルダムである御母衣ダム、九頭竜ダムは目立たない数字。逆にアーチダムの池原ダム、一ツ瀬ダムがこの中ではワンツーという分かりやすい結果であった。池原ダムの堤体はアーチダムの中でもかなり大きいが、田子倉ダムや早明浦ダムのダブルスコアという高効率なのだ。
しかし、同じアーチながら富山の黒部ダムは並みいる重力式よりもスコアが小さかった。堤高日本一でウイングなどもありかなり大きい堤体と比較して、貯水容量はそれほどなのだ。しかし黒部ダムは発電用、なにより必要なのはあの標高で黒部川の豊富な水量を取水することなのである。
ひとつお断りしておきたいのは、この数字が悪いからといって「実際に効率が悪い」というわけではない、という点である。型式がフィルダムなのは地盤の強度などの問題があってコンクリートダムが建設できなかった、という理由。その場所にダムを造るにはその方法しかなかった、という意味でこの比較に現実的な意味はないのだ。
とは言え、地盤の強度が良く、谷が狭く、上流に広大な土地がある、という「ダムの最適地」に造られているダムにはロマンがある。そんなダムを見つけたい、というのがこの比較の理由だ。
ここまでは総貯水容量が特に大きいダムを見てきたけれど、次に「堤体積が小さく、それでいてそこそこ貯水量の大きい」ダムに目を向けてみる。
そこで、ちょっとダムに詳しい人ならすぐに一ヶ所思いつくであろう。北海道の雨竜第一ダムである。総貯水容量が国内12位の2億4465万m³ありながら、堤体は堤高45.5m、堤頂長216mの重力式コンクリートダムである。これはかなり上位、というか計算前にほぼ日本一だろうと予想できるのではないか。
しかし、ちょっと待ってほしい。実は雨竜第一ダムの貯水池、朱鞠内湖はもうひとつ、雨竜土堰堤という補助ダムの存在があって生み出されているのだ。そこでこの比較でも公平を期すため、両ダムの堤体積を足した数字で総貯水容量を割る。
雨竜第一ダム
総貯水容量 244,653,000m³/堤体積 308,000m³=794.33
2つの堤体を足したにも関わらず、ここまでで圧倒的トップの数字。
雨竜土堰堤はアースフィルダムながら、堤長22m、堤頂長442mというかなり体積の小さな堤体のため、総貯水量の大きさもあって結果にはほとんど響かなかった。広大な北海道のなだらかな丘陵地帯に造られていて、湛水面積も日本一のダムなのだ。
おそらく雨竜第一ダムを超えるダムはないのではと思うけれど、ほかにも堤体積が小さいダムをピックアップしてみた
たとえば栃木の川俣ダムは総貯水容量8700万m³、それでいてアーチダムで堤体積は14万7千m³と池原ダムの4分の1以下だ。そこで計算してみると、貯水効率は595.92。なんと池原ダムを抜いて暫定2位、アーチ式のトップに躍り出た。極薄のアーチダムだからこそ成せる技である。
極薄のアーチダムと言えば思い出すのが山口県の佐々並川ダムである。手を触れたら切れそうな超極薄堤体。総貯水容量は2000万m³とそれほど大きくないけれど、堤体積はなんと3万1000m³。川俣ダムのさらに5分の1程度しかない。というわけで計算すると、648.39! 川俣ダムから暫定2位を奪い取った。しかも雨竜第一ダムにもだいぶ近い。
佐々波川ダム、まさに堤体貯水効率の可視化のために生まれてきたようなダムである。
極小堤体と言えば、群馬県の相俣ダムを思い浮かべた人も多いだろう。堤高、堤頂長ともに100mを切る堤体の体積は6万3000m³と重力式では驚異的な小ささ。しかし、総貯水容量は2500万m³と佐々波川ダムより少し大きい程度で、堤体貯水効率396.83と期待したほどではなかった。とは言え奥只見ダムより上、と考えるとやはりあの場所もダム適地である。
総貯水容量のリストを眺めていて気になったのは宮崎県の岩瀬ダム。僕は15年くらい前に一度行ったことがあるだけで、全国的にも無名なダムだけど、総貯水容量5700万m³の割に堤体が非常にコンパクトだった印象があるのだ。と思って調べてみると堤高55.5m、堤頂長155mと非常にタイト。そして堤体積は9万8000m³。これは期待できる! と思いながら計算したところ、581.63。惜しい、川俣ダムにわずかに及ばず。それでも暫定で4位、重力式で最上位に食い込んできた。
これ以上効率の良さそうなダムが思いつかなかったので、逆に効率の低いダムはどのくらいの数字なのか調べてみた。条件に当てはまりそうなのは巨大フィルダムで総貯水容量の小さいダム。ということで思いついたのは揚水発電用ダム。なかでも長野県の南相木ダムは堤高136m、堤頂長444mの巨大ダムで堤体積は730万m³。総貯水容量は発電用水プラスアルファで1,917万m³。佐々並川ダムより少ない!
ということで計算すると、なんと2.63!
雨竜第一ダムの794.33に対して2.63! この差が実際どのくらいなのかはよく分からないけれど、数字の差の大きさを見て「すごい……」と腕組みしながら唸ってしまう。
とは言え、黒部ダムの目的と同じように、揚水発電所の上池である南相木ダムも「あの標高」に「あの水量」を貯めることが重要なわけで、効率云々で語れる存在ではない。
ここでもうひとつ思いついた。堤⾼6.4mで河川法上のダムではないけれど、もともとあった自然湖、中禅寺湖の出口を堰き止めて、洪水調節や下流の流量安定、発電などを行なっている中禅寺ダムである。
中禅寺湖は最大水深163mもあるので湖の貯水がすべて中禅寺ダムの管理下ではないだろうけれど、中禅寺ダムの総貯水容量は2510万m³、それに対して堤体積は2,000m³(!)である。圧倒的小ささ! そして弾き出された堤体貯水効率は12,550。ものすごい数字だ。
とは言えダムではないのであくまで参考値扱いである。
しかし、中禅寺ダムで思い出してしまった。同じように自然湖の出口を堰き止めた「ダム」がある。しかも堤高32.1m、堤頂長88.2mと非常にコンパクトな堤体。そして型式は...、バットレス。同規模の重力式よりも体積が小さくなるはずだ。そのダムとは群馬県の丸沼ダムである。
総貯水容量は1360万m³、堤体積は1万4000m³。というわけで計算した結果、堤体貯水効率は971.43。
なんと雨竜第一ダムを抑えて全体のトップに躍り出た。
しばらく考えてみたけれど、これ以上の高効率のダムは思いつかなかった。というわけでここでは丸沼ダムが「堤体貯水効率日本一」ということで締めたいと思う。
ぜひ皆さんも総貯水容量を堤体積で割って、高効率なダムを探してください。そして丸沼ダム以上のダムを見つけたら、こっそり教えてください。
というわけで、それぞれのダムが持っているスペックから、まったく新しい要素の数字を出して比べてみた。はっきり言って何の役にも立たないけれど、それぞれのダムにさらに新しい個性が加わったような気がしないだろうか。
表に出ていないダムのスペックはほかにもある。堤高と堤頂長からおおよその断面積を出して、総貯水容量を割れば型式に左右されない「純粋な効率」が算出されるかもしれないし、堤体の大きさを発電の最大出力で割れば単位体積あたりの発電量で比較できる。
みなさんなりの要素別「最強ダム」を探してみてください。