コンクリートの塊だったり、岩や土を積み上げた山だったりするダム。水をせき止めるための巨大な構造物だけど、実はダムの中にはいろいろなモノが入っているのをご存知だろうか。
今回は、外観からだけでは分からない「ダムの中にあるモノ」について調べてみた。
記事初出:『建設の匠』2019年7月14日
子どもの頃、将来なにになりたいか、などと空想したことがある人は少なくないと思う。野球選手だったり、ケーキ屋さんだったり。ユーチューバーなんて、ほんの10年前には存在しなかった仕事が大人気になったりもしている。 では、ダムで働きたい、ダムの中で仕事をする、と考えたことのある子が全国でどのくらいいるだろう。
たぶん、ダムの中がどうなっているか、ましてや人が入れるようになっているかどうかなんて、想像すらしたことのない人が大半だと思う。
しかし、多くのダムは中に入れるようになっているのだ。ダムの中には外からは見えない、監査廊と呼ばれる通路が通っている(小さなダムや古いダムでは通路がないところもある)。
何のための通路かは後回しにするとして、その通路に行くためにダムの上や下から階段が伸びている。階段は、両岸の谷の斜面と同じような角度で造られているから、急なV字のダムでは信じられないくらいの急角度。手すりに掴まらないと恐怖心を感じるくらいのところもある。
しかし、どんな用事で上り下りするにしろ、階段は疲れるだろう。日本でダムと呼ばれるものは最低でも高さ15m以上と決められている。つまりいちばん小さくても5階建のビルと同じくらいの高さがある。ましてや100mを超えるようなダムなら30階建以上の高さだ。そこを階段で上り下りしていたら休憩ばかり増えて仕事にならない。
そこで、なんとダムにはエレベーターが設置されている。
これも、古いダムや小さなダムでは設置されていないところもあるけれど、たいていのダムにはさりげなくエレベーター塔が立っている。
さて、では内部に階段やエレベーターや通路が通っているダムで、それらは何のために使われているのだろうか。
実は、ダムの中には異常がないか観測するさまざまなセンサーや、放流設備とそれらを駆動させる機械、コンピューターなどが入っているのだ。そして、各センサーや機械などは管理事務所とケーブルで結ばれ、逐一情報をモニターしたり操作したりできるようになっている。
堤体から送られてくる情報の中で、重要なもののひとつにプラムライン(plumb line)がある。直訳すると「鉛直線」だけど、その言葉通り堤体の上から下まで細長い管を通し、その中に上部を固定して重りを吊るした細いワイヤーが通っている。また、逆に堤体が乗っている基礎岩盤に固定したワイヤーを上向きに伸ばし、液体に浮かせたフロートで引っ張る構造になっているものもあって、これは「リバースプラムライン」と呼ばれている。
プラムラインが何のための施設かというと、堤体の動きを観測するものだ。
貯水池に水が貯まると、堤体には上流方向から下流方向へ大きな力がかかるけれど、貯水池の水位の増減でその力は大きく変わる。また、コンクリートダムでは暑い夏はコンクリートが熱せられて膨張したり、寒くなると収縮したりする。そういった変化で、実はダムの堤体は年間を通じて数ミリから数センチ程度歪むのだ。プラムラインは上から下、下から上に向かって張られた鉛直線と堤体の基準点のズレを常に観測し、堤体が異常な動きをしていないか監視しているのだ。
そのほか、堤体の内部には地震計も設置されている。地震が発生すると、ダムにもっとも近い観測点で震度4以上、もしくは堤体に設置された地震計で25ガル以上を観測した場合は季節時間に関係なく、職員による点検が行われる。夜中でもダムまでやってきて、堤体の上だけでなく内部の監査廊や周辺も歩いて点検するのだ。本当におつかれさまです。
したがって、見学会などで監査廊を歩いているとき、よそ見をしていてこの地震計のボックスを蹴飛ばしたりしてしまうと大変なことになるので要注意。
そのほか、貯水池の方から染み出してくる漏水の量を調べるセンサーや、堤体が乗っている岩盤の下から染み出してくる水を抜き取る(放置しておくと堤体が浮き上がるおそれがある)ための排水溝もあって、そういった水は堤体のいちばん底に集められ、溜まったらポンプで自動的に排水されている。もちろん、それぞれの水量は日頃から自動的にチェックされ、異常に多くなったり少なくなったりしていないかも監視されている。
監査廊は、こういった設備やセンサーのメンテナンスのために、日頃から職員さんが行き来しているのだ。
というわけで、高さが何十メートルもあり、幅も数百メートルあるようなダムは、点検するだけで数キロの道のりを登ったり降りたりすることになって、職員さんたちも疲れてパフォーマンスが低下してしまう。そこで、監査廊の中にモノレールが敷かれ、乗り物に乗って移動できるダムもあるのだ。まさかあの、片側は膨大な量の水、反対側は絶壁のコンクリートの壁の中にモノレールが通っているとは想像できる人も少ないのではないだろうか。
ちなみに僕はこれまで、ダムの中で跨座式だけでなく懸垂式のモノレールも見たことがある。
現在ではもう造られることはないけれど、セメントが高価だった昭和40年代頃まで、コンクリートの使用量を減らした「中空重力式コンクリートダム」という型式が造られていた。中空重力式ダムはその名の通り、堤体の内部に巨大な中空の空間がある。その空間は、上で書いたセンサーが設置されたり水抜きの排水溝などに使われることもあるけれど、それ以外は特に何に使われるでもなく巨大な空間がそこにある。
まるで大聖堂のような荘厳な雰囲気なので、機会があればぜひ中空重力式ダムの内部見学に行ってみてほしい。岐阜県の横山ダムは国内で唯一、中空部分の見学を随時受け付けている。
ちなみに、中空重力式と同じようにコンクリート削減を目的に造られたアーチダムは、堤体の薄さのために内部に監査廊を造ることができないため、代わりに外側に通路がついていて、いわゆるキャットウォークと呼ばれている。
しかし、一部の巨大アーチダムでは堤体内部に監査廊が通っているところもある。そんなアーチダムの監査廊を歩いて気づくのは、当たり前だけど監査廊も堤体と同じ半径でアーチしている、ということだ。ここがまさにアーチ式の堤体の内部だということが分かる、貴重なシーンだと思う。
堤体の中には放流設備が設置されているダムも多い。特にコンジットゲートと呼ばれる、主に洪水調節で使われるゲートは高水圧に耐える非常に頑強な構造で、コンジットゲートに多い高圧ラジアルゲートは、同じラジアルゲートながらクレスト(堤体のてっぺん)に設置されたゲートが華奢に見えるほど。
もちろん、そんな巨大で重厚なゲートを動かすために、巨大な油圧シリンダーをはじめとする駆動系の装置もダムの中に設置されている。
また、ゲートだけでなくバルブが設置されているダムもある。バルブには2種類あって、外観から種類を見分けるのは難しいけれど、主にビームのようにまっすぐ飛ばして狙った場所に着水させるホロージェットバルブ、霧状に拡散させて放流の勢いを減らすハウエルバンガーバルブが使われている。
というわけで、実はハイテクとノウハウがぎっしり詰まったダム。ダムの中を見てみたくなった方も多いのではないだろうか。そんなあなたに朗報だ。毎年7月下旬に、全国のダムで一斉に見学会などのイベントが行われる(森と湖に親しむ旬間)ので、気になるダムの中をぜひ見に行ってみよう。イベントの一覧は以下のリンクの先にあるPDFファイルを見てください。リストをPDFで発表、というところがいかにもお役所という感じだけど。
「森と湖に親しむ旬間」について(国土交通省)