これまで、当連載でダムの魅力や役割や放流などについて語ってきたけれど、そう言えばまだダムの建設について触れていなかった。そこで今回は、ちょうど良いモデルとして、建設工事開始当初から何度か取材していた八ッ場ダムを例に、ダムはいったいどうやって造られるのかを解説しながら、八ッ場ダムの建設工事を振り返りたい。
記事初出:「建設の匠」2019年6月6日
八ッ場ダムは群馬県の吾妻川に建設された、堤高116m、堤頂長291mの重力式コンクリートダム。1947年(昭和22年)に関東地方を襲い、利根川を決壊させ埼玉県から東京都東部までを水没させるという未曾有の洪水被害を出したカスリーン台風を契機に計画された、首都圏を洪水から守る利根川上流の9か所のダムのうちのひとつだ。計画はその後、人口の増加に合わせて治水だけでなく生活用水の確保なども織り込んで修正され、現在は7か所のダムとひとつの遊水地が完成、2019年6月時点で残るダム建設は八ッ場ダムのみの状態だった。
ダムを造るにあたって、計画を発表したらまず取りかからなければならない(そしてもっとも難しく時間が必要な)のは水没予定地に住む人々の移転交渉と土地の買収などだけど、このあたりは当事者以外よく分からないので、ここでは交渉を重ねた末、なんとか話がまとまって無事に着工にこぎつけられたことにする。
ちなみに移転しなければならないのは住民だけでなく、学校や役所などの公共施設、道路や鉄道、水道や下水道や電力などのインフラ設備など、街を構成するものすべてである。だからダム建設の前に新しい居住地の造成、道路や鉄道の引き直し、そのためのトンネルや橋梁の建設などもあり、ほとんどすべての土木建設工事が発生する。
八ッ場ダムの場合、さらに温泉地が水没することになったため、新たな源泉の掘削、温泉街の移転なども必要だった。
さて、無事に水没地域の移転が行われたらいよいよ本体工事である。しかし、その前にもうひとつやっておかなければならないことがある。焦らして申し訳ない。
ダムの本体(堤体という)を造る場所に水が流れていると工事ができないため、現場を迂回させる水路を造るのだ。たいていの場合、少し上流から下流まで現場をバイパスさせるトンネルを掘ることが多く、これを仮排水トンネルと言う。
仮排水トンネルと建設現場の間には、上流側下流側とも、もし大雨で増水しても現場に水が流れてこないように、上流仮締切や下流仮締切と呼ばれる小さなダムが造られる。
また、川幅が広かったり普段から水量が多かったり、条件的にトンネルを掘ることができない場合は川を半分に仕切って片側ずつ建設していくこともある。
こうして、堤体を造る場所を川の流れから切り離したら、ようやく本体の着工だ。
本体工事の最初に行われるのは基礎掘削である。巨大な水圧や、それに耐える自重がかかる堤体は、硬い岩盤の上に密着させなければならない。そこで、地下にダイナマイトを埋設して爆発させ、地表を覆っている土砂や脆い岩などをショベルカーなどで掘り起こして取り除き、硬い岩盤を露わにするのだ。この作業を基礎掘削と言う。基礎掘削は標高の高い場所から始まり、取り除いた土砂は谷底に落としてトラックで搬出される。
発破しては浮いた土砂を谷底に落とし、一段下がった場所をまた発破して土砂を落とし…という作業を続けて、いちばん谷底の部分まですべての岩盤が露わになったら、基礎掘削は終了だ。
露わになった岩盤は、さらに水をかけながらブラシやスポンジでこすったりして細かい砂まで取り除かれ、ピカピカに磨き上げられる。岩盤と堤体のコンクリートの間に少しでも隙間があればそこから水が浸透して漏れてしまい、最悪の場合大事故にも繋がるので、信じられないけれど岩盤の清掃は人の手で念入りに行われるのだ。
仮排水トンネルや基礎掘削の作業と同時に、堤体予定地の周辺ではコンクリート製造のプラントや運搬のためのクレーンなどが建設される。コンクリートに必要なのはセメントと水、そして砂や石などの骨材だ。ダム建設において、この骨材は基本的に現地調達が一般的。周辺の土地を調査して、骨材として相応しい硬さの石が必要量採れる場所(原石山という)を見つけておくのだ。
八ッ場ダムでは、原石山が堤体から直線距離で2km以上離れた山の向こう側だった。
そこで現場近くまでトンネルを掘り、原石山近くに作られた骨材選別、貯蔵のプラントから堤体工事現場近くに作られた貯蔵ビンまでベルトコンベアーが敷かれて運ばれた。ちなみにトンネルを抜けたベルトコンベアーは、大部分が高い部分に付け替えられた吾妻線の旧路盤の上を通された。
堤体工事現場のすぐ脇にはコンクリート製造プラントが造られ、使用するコンクリートを素早く製造、谷間を大きく跨ぐように張られたケーブルクレーンで行き来するバケットに積み込まれ、打設現場に運ばれる。
ちなみに八ッ場ダムなど、近年の重力式コンクリートダムはほとんどがRCD工法で造られている。RCD工法はスランプ0という、非常に硬練りのコンクリートを敷き均し、振動ローラーで締め固める。そのため、バケットから降ろされたコンクリートはまずグランドホッパーで受け止め、そこからダンプトラックに乗せ替えられて打設現場まで運ばれていた。
ここからはひたすらコンクリートの打設だ。その合間に、堤体の中を通る点検用通路(監査廊という)になるプレキャストの通路や、放流用の管や水門などを内部に設置し、コンクリートで埋めて行く。この期間は24時間ひっきりなしにケーブルクレーンでバケットが行き交い、休みなく打設が続いて行く。
ここでは、原石山での骨材の採取から選別、ベルトコンベアーでの運搬、指定されたコンクリートの製造、バケットへの積み込み、打設面への運搬、そして打設と、すべての作業を1秒でも詰められるように、側から見ていても気づかない各々の技術とチームワークを融合させた、すさまじい職人芸が行われていたという。数年にも亘るダム建設工事では、そういった小さな積み重ねで工期が変わることもあるのだ。
堤体の外側では、下流側には放流された水の勢いを弱める減勢工が造られ、上流側は建物を取り壊したり木を伐採したり、貯水池になるための準備が行われる。八ッ場ダム地点はかなり昔から人が住み着いていたらしく、遺跡の発掘と記録作業がかなり大規模に行われていた。
やがて設計どおりの高さまでコンクリートが打設され、大まかな堤体の建設工事は終了。ちょうど2019年5月末現在の八ッ場ダムの状況がここにある。取材した際には、天端の舗装や欄干の設置といった細かい仕上げ作業、そしてクレストゲートの組み立てと設置、堤体内部の放流設備や各種センサーへの配線、そして発電所の建設工事が行われていた。
そして、もうひとつ大事な作業がグラウチングだ。グラウチングとは、堤体が接している岩盤を改良するために深い穴を開け、その中にセメントと水を練り合わせたセメントミルクを圧力をかけて流し込むこと。こうすることで岩盤内部の見えない亀裂にセメントミルクが注入されて固まり、岩盤が硬くなると同時に水の通り道を完全になくすのだ。
グラウチングは堤体の底を通っている監査廊で右岸の端から左岸の端まで無数に行われ、さらに両岸もトンネルを掘ってまで数十メートルの幅で行われる。堤体の下の岩盤内に、まるでカーテンのようにセメントの壁が出来上がるため、カーテングラウチングとも呼ばれている。
堤体や放流設備、周辺設備も完成したら、いよいよ堤体や貯水池の機能や安全を確認する試験湛水の開始である。工事の期間中ずっと現場を増水から守ってくれていた上流仮締切、下流仮締切を壊し、仮排水トンネルの入口を閉め切って、水の流れを堤体の方に戻すのだ。このとき、堤体のもっとも下にある放流設備に水位が差しかかるまで下流への水が止まってしまうため、ポンプなどで水をくみ上げて下流に流すこともある。
また、仮排水トンネルはそのままだと水が抜けてしまうため、水位が上がる前に内部で閉塞作業が大急ぎで行われる。とは言っても、堤体下部と同じ強大な水圧がかかるため、かなり頑丈に閉塞しなければならない。
試験湛水は半年から1年の時間をかけて徐々に水位を上げてゆき、満水まで貯めて堤体や貯水池斜面が不安定な挙動をしないか確認する。
初めて満水になったら、今度は最低水位まで徐々に水位を下げてゆく。このとき、放流設備の動作確認で初めての放流が行われることもある。
ここまで来ればついにダムの完成。建設事務所から管理事務所に移管され、いよいよ管理開始である。治水や利水で活躍し、ダムが新たな観光地として地元を盛り上げられるように祈りたい。
大まかに重力式コンクリートダムの造り方を解説したけれど、もちろん現場に張りついていたわけではないので見逃している作業や行程はあると思う。しかし、脆い岩盤を除去し、出てきた固い岩盤は人の手で丁寧に掃除される、コンクリート打設は各セクションがF1のピットストップ並みにタイムを削って行われている、グラウチングで徹底して水の通り道を塞いでいる、試験湛水では下流の水が枯れないように細心の注意が払われている、といった、言われなければ気づかないようなさまざまな配慮がダム建設では行われている、ということを心の片隅に留めて、八ッ場ダムの完成を待ってほしいと思う。
順調にいけば2019年の秋から試験湛水を開始、2020年春頃に管理開始の可能性が高いという。しかし、せっかく解説したものの、八ッ場ダム以降、重力式コンクリートダムの建設予定はそれほど多くない。この知識が皆さんの役に立つ日は来るのだろうか…。
編集部追記:この記事公開から約4か月後の10月1日、八ッ場ダムは試験湛水を開始。直後に襲来した台風19号の大雨を受け止め、予定より3か月近く早く、ほぼ満水時の水位となりました。