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萩原雅紀のダムライターコラム【1】私はこうしてダムにはまりました

ダム、好きですか?

ダムっていいよね。
と言っても、このサイトをご覧になっている方の中で実際にダムを見たことがある方がどのくらいいるだろう。建設関係に従事されている方向けとのことなので、実際にダム工事に携わった方もいらっしゃるかも知れないけれど、とにかく、「ダムが好き」だなんて物言い、ほんの10年ほど前までは「ちょっと何言ってるか分からないです」的な反応をされることも多かったのだ。でも近ごろはそんなこともほとんどなくなった、と思う。まだちょっと自信ないけど。

記事初出:『建設の匠』2018年10月31日

黒部ダムは昔から定番の観光スポットだが

およそ20年前、偶然たどり着いたダムを見て以来その魅力にとり憑かれ、私はこれまでに国内外合わせて500ヶ所以上のダムを見てまわってきた。自分で見るだけでは飽き足らず、ダムを紹介するホームページを作成するところから始まり、その後はダム見学ツアーをプロデュースしたり、写真集やDVDなどを作成したり、トークイベントを開催するなどして、ダムの魅力や役割を多くの人に知ってもらいたいと思い活動している。

最近は「ダムライター/ダム写真家」を名乗り、雑誌やWebメディアなどに記事を書いたり、活躍したダムを讃える「日本ダムアワード」というイベントを主宰したりしている。インフラ施設がPRを活発化させるきっかけとなった「ダムカード」の発案、発行までのプロセスに関わったりもした。自分で書いてても、ちょっと何やってんだと思う。

ダムカード集めてる人手を挙げてください

そんな私が、当サイトでダムにまつわる記事を書かせてもらえることになった。今回は初回ということで、自己紹介を兼ねて、私がダムに出会ってダムに目覚めるきっかけを思い出しつつ、振り返ってみたいと思う。

人生を変えた「運命の出会い」

子供の頃から家族のドライブでダムに立ち寄ることはあったけれど、その魅力に目覚める出会いがあったのは1999年頃。車の免許を取り、あてもなくドライブをしていたところ、とつぜん通行止めに行き当たった。道を塞ぐバリケードには「ダム建設工事のため」と書かれていた。ダム工事って見たことがない、どんな風に作られているのか、と思ったけれど、そこから現場はまだ遠く、建設中のダム本体を見ることはできなかった。

自宅から1、2時間で行ける場所なのに、こんな身近でダムを造っている、という情報すら当時は知らなかったのだ。それがなぜか気になって、その後も何度か同じ場所に足を運んだけれど道は通行止めのまま、工事中の看板を前に引き返す日々が続いた。いま思えば工期とか書いてあったはずだけど、それに気づくほど知識も興味も強くなかったのかも知れない。

ダム工事で道が通行止め(当時とは違う場所です)

1年ほど経ったある日。もはや見慣れた通行止めの場所に行ってみると、何度もその前で引き返したバリケードは無くなっていて、道が先に続いていた。車で少し進むと真新しい駐車場ができていて、そこから遊歩道が伸びていた。車を停め、遊歩道をしばらく進んだとき、目の前に現れた光景に息を呑んだ。見たこともないような途方もなく巨大なコンクリートの壁が立ちはだかっていたのだ。

完成したばかりの宮ヶ瀬ダム(2002年)。最初に目に入った瞬間、悪の要塞だ、と思った

目の前にそびえ立つのは、国土交通省が神奈川県の相模川水系中津川に完成させた宮ヶ瀬ダム。高さ156mは(当時)国内で五本の指に入る超巨大ダムで、思いがけずそんなダムを真下から見上げてしまったのだ。

「ちょっと、これは、すごいぞ...」

念願のダムと対面を果たしたけれど、経験値が足りない状態でラスボスに出会ってしまったように、感動ではなく混乱、興奮というより緊張、そして圧倒的な敗北感を覚えた。余裕のない心境で思わず口から漏れた言葉は、いまでもはっきり覚えている。

ダムに目覚めた

初めてダムを真下から見上げて、ダムというものの圧倒的な巨大さ、底知れぬ迫力にすっかり打ちのめされた。震える足で遊歩道を車まで戻りながら、それでも心は高揚して、ダムってすごい、ほかのダムも見たい、と強く思った。自分の新しい扉を開けた手応えがあった。
しかし、その時点ではまさか自分であちこち見に行こうとまでは考えていなかった。というのも、当時はちょうどインターネットが一般家庭に普及しはじめた頃。テレビや雑誌では取り上げられないようなマニアックな題材の個人ホームページが発生していて、特に、川にある水門の写真ばかり撮っている人や、街中に忽然と現れるガスタンクをめぐっている人のホームページが好きでよく見ていたので、自分の中では水門やガスタンクよりメジャーな存在なダムも、既に誰かが取り上げていると思っていたのだ。

しかし、ダムで検索しても湖の写真やガンダムが出てくるばかりで、水をせき止める本体の部分にクローズアップしたホームページは見つけられなかった。

「ダムに行ってきました」というタイトルで写真がこんな。「そっちじゃないんだよ!」と何度画面に突っ込んだことか

「仕方なく」始めてみた

それで、仕方ないのでとりあえず自分で行ってみることにした。ネット上には情報がほとんどなかったので、仕方なく地図を見て「ダム」と書かれた水色の水たまりを目指した。カメラも持っていなかったので、仕方なくヤフオクで中古のデジカメを5,000円くらいで手に入れた。

そうして、まずは関東近郊のダムに片っ端から出かけて行った。ところが、最初に目をつけたダムは釣り人か何かの情報だったのだけど、いわゆる貯水ダムではなく小さな砂防ダム。その後も、行ってみると高さの低いいわゆる堰だったり、まだ工事すら始まっていなかったり(結局その後中止になった)、もちろん完成しているダムもあったけれど、当初はまとまった最新の情報がなく、ダムめぐりは苦労した。

その後「ダム年鑑」というダムのスペックや位置などの情報を集めた電話帳のような本の存在も知った。しかし「ダム年鑑」は定価20,000円、とても個人では買えなかったので、仕方なく発行元である「日本ダム協会」に中古を安く譲ってもらえないか、と問い合わせたものの中古はない、との返答。仕方ないので蔵書がある広尾の都立図書館に出向いた。「ダム年鑑」は貸し出し不可だったため、仕方なく受験生たちに紛れて中身をひたすらノートに書き写す、という作業をしばらくの間続けたため、正確な情報が手に入るようになった。

思えば、最初はさまざまな「仕方なく」が重なって始めたダムめぐりだった。しかし、見てまわるうちにいろいろ発見があり、誰もやっていない楽しいことを見つけた、という高揚感もあり、気がつけば夢中になって各地に足を伸ばしていた

「アーチダム」や「ロックフィルダム」を初めて見たときは感動した

情報がある程度溜まったところで、写真やデータ、探訪記でまとめたダムのホームページを作成したところ、多くの方から「実は私もダムが好きだった」というようなカミングアウトの反応をいただくようになり、ネット上やサブカル系の雑誌の片隅で紹介されたりするようになった。

その後はこの文章の前半の部分に繋がり、ダムの魅力や役割を多くの人に知ってもらうための活動を続けている。そして、ダムのトレーディングカードであるダムカードや、ご飯をダム本体、ルウを貯水池に見立てたダムカレーの登場などもあって、ダム界隈は右肩上がりで盛り上がってきている。ダム鑑賞も趣味のひとつとしてかなり認知されてきたのではないか。

「ダムが好き」と胸を張って言える時代になりつつあるいま、まだの人はぜひ近くのダムに出かけてみてください。

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