2018年に旧「建設の匠」で公開したこの記事。
建築を学んだわけでも仕事にしているわけでもない東海地方在住の青年・トシさんが、まったくの趣味で西新宿の都市模型をコツコツとつくっている……という話である。
トシさんは、その後、当編集部を訪ねてきてくれたりもした(超がつくほどの好青年でした)。
そして2019年12月22日。タイムラインにトシさんのツイートがポストされた。
ああ、ついに……この日が来たんだな……(遠い目)。
報告ツイートは、1万7000いいね!(2019年12月27日現在)を集めるほどの注目ぶりだ。トシさんにその制作秘話を、あらためて伺うことにしよう。
記事初出:『建設の匠』2019年12月27日
編集部 まずは完成おめでとうございます。いま、どんなお気持ちですか。
トシさん ありがとうございます! なんというか……達成感に満ちあふれています。「やり続ければいつか完成する。止めたら一生完成しないぞ」と自分に言い聞かせながらつくってきたので、素直に自分を褒めたいと思います。
編集部 本当に素晴らしいです。1年前の取材時からの変化は、どんなところでしょう?
トシさん 前回から比べると具体的には歌舞伎町、新宿駅、新宿中央公園ですね。
編集部 歌舞伎町は雑居ビルが多いので、さぞかし大変だったのでは……。
トシさん ええ、雑居ビルのカタマリだったので、非常に辛かったですね(笑)。でも看板が多いのは楽しくもありました。
編集部 ちなみに看板はどうやってつくっているんです?
トシさん インターネットで看板と同じロゴの画像を拾ってきて、模型の縮尺に合わせて加工し、貼り付けています。(ロゴが)ない看板については、近しいフォントで新たに制作しています。看板はリアリティを出せるので、できる範囲でこだわりました。
編集部 そこまでやるか……ッ! ほかに制作に苦労した建築・構造物は?
トシさん 首都高や新宿駅はとても難しかったです。つくり方を考えるのにとても苦労しました。それと都庁周辺の立体交差や新宿駅周辺の高低差は、Google Earthだけでは構造を把握できなかったので、実際に行って歩いて把握しました(笑)。
トシさん 新宿駅は範囲が広く、構造も複雑なので、頭の中で何度もつくり方をシミュレーションしましたね。線路の本数も多いので描くのも大変でした……。ビルは形状は変われど新たな要素はあまりないので、むしろまったく新しくつくり方を考えなければならない駅の方が難しかったです。
編集部 苦労のたまものですね。そういえば前回取材時、「都庁舎の制作に苦労した」と話していて、「曲面で構成されているから」とコクーンタワーの制作についても心配していたような……。実際の制作においてはいかがでした?
トシさん コクーンタワーは結局、ラスボスになりました(苦笑)。これもつくり方を考えるのに苦労しました。わたしは展開図ソフトを使わないので、複雑なカタチを一度に展開することができなくて。だからいくつかの簡単なカタチに分解して制作しました。とにかく他のビルよりつくり方を考えるのにかなり時間を取られました……。
編集部 で結局のところ、制作日数としてはどれぐらいかかったんですか?
トシさん 2015年10月の写真が一番古いので、丸4年以上作り続けていたようです。
編集部 4年以上……。お疲れさまでしたとしか言いようがない。4年のあいだに再開発が進んで、壊されたり新たに建ったりした建物もありますよね。
トシさん そうですね。2020年の新宿の姿を目標につくったので、それまでに竣工する建物を新たにつくりました。大きいものだと東京医科大学新棟や住友不動産新宿セントラルパークタワー、Dタワー西新宿、新宿住友ビル(改修)です。
トシさん あとは雑居ビルがいくつか。4年のあいだに新宿スバルビルも解体されたので建て替えました。
編集部 Oh……。西口に新宿スバルビルがなくなったの、個人的にさびしかったけれど、模型でこうして見られるのはなんだか嬉しいです。
編集部 さて、高層ビル、交通インフラ、公園、雑居ビル……いろいろつくってみて、新たな発見はありましたか?
トシさん そうですね……建物でいえば、“H”と“R”のヘリポートマークの違いや、竣工年の違いによるヘリポートの有無ですね。
編集部 ほおお。
トシさん それと、1990年に高さ100m以上の建物へのヘリポート設置義務ができたため、この前後でヘリポートの有無が分かれている……とか。 新宿パークタワーなどの一部例外はあるようですが。
トシさん あとは都市模型を上から見る機会が多いので気づいたのが、西新宿超高層ビル群の区画の広さ。淀橋浄水場跡にできた経緯もあって、ビルごとの区画の広さが他駅周辺と比べて格段の差でした。これは上から見られる都市模型ならではの醍醐味かもしれませんね。
実際のところ、新宿には数えるくらいしか足を運んでいないのですが、初めて歩く場所でも模型で作ったところだと、初めてではない感じがして、不思議な感じでした(笑)。まるで「模型の中を歩いている」ような感覚で。
編集部 いい表現! そうそう、そういえばこの写真なんですけれどね……。
編集部 これ、「西新宿」と言いつつも住所的には渋谷区(地名は代々木)の範囲なんですが、1円玉が置かれているあたりには団地(千駄谷住宅)や民家がけっこうあるんですね。
編集部 この辺りって甲州街道側の地上からは、新宿文化クイントビルや文化学園大学のキャンパスが壁になって見えないんです。これは私(中の人)にとってもかなり新鮮な発見でした。
トシさん わたしもこの辺りは実際に歩いてきたんですが、団地はいまは廃墟になっていて、人は住んでいませんでした。たしかに、超高層ビルと低層の建物との混在具合が、西新宿のおもしろいところかもしれませんね。
編集部 どうしても見に行きたくなって「ニューステイトメナーってこんなカタチしていたのか! 」「こんなところに団地が!」と感動しました。この模型は人のこころを揺さぶりますわホントに。
トシさん 模型をつくっていて嬉しかったのは、模型の範囲に実際に住んでいる方や勤められている方からTwitterのリプライやDMでコメントをいただいたことですね。「なつかしい」「この建物もある!」とか「自分の知っている場所をつくってくれて嬉しい」などです。その街に住んでいる方が理解してくれるのは非常に嬉しく思いました。こだわってつくった甲斐がありました。
編集部 新宿の街と人、いずれにも歴史ありですねぇ。
トシさん いまでは当たり前に見える超高層ビル群も、ここからスタートしたんだと思うと歴史を感じます。
編集部 さて、完成したこの西新宿都市模型、今後はどうしましょう。
トシさん これはわたしの勝手な願望なんですが、たくさんの人に新宿という街を知ってもらうために使ってほしいので、東京都庁展望台などに飾っていただけたら嬉しいなと……。オリンピックの前後数ヶ月間でも置いてもらえたら、感無量です。
編集部 陳情できないかな……。
トシさん ぜひ(笑)。
編集部 調べてみます! せっかくなので「こちらをぜひわが社のオフィスロビーに飾りたい」という西新宿の超高層ビル入居中のシャチョーさんもいたら、ぜひ編集部までお問い合わせを!!
それから年が明けて2020年。
SNSで話題になったこともあって、年明けから朝の情報番組でも紹介されたトシさん。そして彼は実際に動き出した。東京での都市模型実物展示に向けて……!
相談を受けた編集部は、東京都の広報課や都・区議会議員への陳情、SNSでの呼びかけなどを提案してみた(そんなことしかできずスミマセン)……。
すると後日、こんなツイートが……!
やったぜトシさん! スゴイよトシさん!
信じて動けば夢はかなうのだ。編集部も我が事のように嬉しかった。ぜったいに観に行こうと思っていた。
しかし。展示が始まる予定だった2020年3月3日――この時期のニッポンの状況は、みなさんの記憶にも新しいのではないだろうか。
そう、新型コロナウイルスの感染が拡大し、全国の小中学校、高校や特別支援学校へ一斉休校がはじまったのが3月2日。その後、4月7日には緊急事態宣言が発出されたのである。
「3月から企画展で展示頂く予定でしたが、コロナの影響で無期限延期になってしまいました」彼はそうメッセージをくれた。ひとりの若者の夢を砕いた憎きコロナ。許すまじ。
それからトシさんは、名古屋・栄や東京・丸ノ内の都市模型製作に注力していた。なにかに没頭し、なにかを忘れるように……。