ダムの魅力は大きさと放流、そして似ているようですべて違う形
ダムならではの魅力として挙げられるものに、その大きさや放流の迫力がある。ダムは高さが15m以上(つまり最低でも15mある)、という定義は以前に当連載で書いた通りだし、大量の水をせき止めたり放流したりできるのは、数ある建造物の中でもダムだけである。巨大さと放流の迫力は、誰でも心を打たれる分かりやすさがある。
巨大なダムのいちばん上からの放流は最高のごちそう
そして、魅力を感じるところから一歩進んで興味を持つようになると、ダムにはアーチ式やロックフィルといった、いくつかの型式があることに気づく。さらに、同じ型式でも目的や地形、川の流量などによって堤体の規模、そして放流設備の種類や数が変わり、ひとつひとつ異なる表情をしているのだ。逆に言えば同じ形、同じ条件のダムはふたつとない。だから見てまわると楽しい、という点は、たとえばお城や寺社などと同じである。
そこで今回は、この「同じ型式でも同じ形のダムはない」という点にテーマを絞って解説したい。例として、ダムの中でもっともポピュラーと言われている、重力式コンクリートダムという「種」を系統樹のように分類して、その多様性を見てみよう。
記事初出:『建設の匠』2019年2月14日
ダムは水を貯めるもの、ただ明日へと、永遠に
ではまず、すべての重力式コンクリートダムの基本となるシンプルなダムに登場してもらう。いろいろ分岐していく図のいちばん根元にある形だ。
「こんにちは、基本の重力式ダムです」
本当はもうちょっと小さめの、もっとシンプルなダムを探したのだけど写真がなかった。
このダムの場合、ダムのいちばん上(クレスト部といいます)に放流口が開いていて、ダムに水が貯まり、これ以上は貯めない、となったらその口から水が真っすぐ下に流れ落ちる。水門などでコントロールするわけではなく、貯水池の水位が上がり、乗り越えた分が自然に流れ出る仕組みだ。
こういった放流設備を「自然越流式洪水吐(しぜんえつりゅうしきこうずいばき)」と言う。
あと、堤体の上にピョコッと飛び出している塔がある。これは選択取水設備と言って、貯水池の好きな水深を選んで取水(放流するために水を取り入れること)ができる装置。
たとえば下流の魚や農作物に影響が出ないように表面の暖かい水を放流したり、大雨のあとで濁りの濃い水深の水を積極的に放流して貯水池の濁りを減らす、といったことができるのだ。取り入れた水はパイプで堤体の中を通り、発電所に送ったり、堤体のすぐ下流に放流できたりする。
どんな目的のダムであれ、クレスト部の自然越流式洪水吐と取水設備ひとつ、というのがダムを構成するもっともシンプルな要素だと思う。
クレスト部の洪水吐とは、身近なもので言うと洗面所のボウルについている穴だ。これがないと、大雨などで貯水池の水位が上がったときに堤体の上を水が乗り越えてしまうので、基本的にはどんなダムにもついている(まれに洪水吐がない特殊なダムもある)。また、洪水吐より下の水位の水を放流するために取水設備も必要だ。
というわけで、この状態がダムのベースグレードと言えるだろう。車ならカーナビもパワーウインドウもついていない白い大衆車、ピザならマルゲリータである。ではここから堤体を進化させて、ダムをいろいろな条件に対応させていこう。
川の流量が多かったら
たとえば、大雨が降ったときに流れる水の量をもっと多くしてみよう。つまり川幅が広く、ベースのダムよりも多くの水を下流に流すことができる(流しても安全)なのだ。そんなときどうするかと言うと、クレスト部の自然越流式洪水吐の数が増える。
もっと正確に言うなら、自然越流式洪水吐の横幅が広くなる。「自然越流式洪水吐の数」というのは、上に橋が架かっている場合の橋脚の数でしかないからだ。
「自然越流式洪水吐、5つに増やしときました」
厳密には、最初のダムとこのダムでは規模が違いすぎるので単純比較はできないけど、洪水吐の幅を増やして放流できる量を増やしている。洪水吐を増やさないと、上流から流れてくる水の量に放流量が追いつかず、貯水池の水位が上がり続けて堤体の上を水が越えてしまう恐れもあるのだ。
「今は端から端まで全部洪水吐にした方がインスタ映えするんすよ」
最近はこんな感じで、遠慮なく端から端まで洪水吐が並んでいるダムも増えている。洪水吐の幅を広げることで、同じ量の水を放流するにしても、乗り越える水の厚さを抑えることができる、つまり水の勢いを弱めることができるのだ。個人的には、ダムっぽさというか、ダム特有のまとまり感が薄れるような気がするのだけど。
もっと水位を上げたかったら
基本のダムが出来上がったけれど、どんなものでも使っていくうちにいろいろ要望が出てくるものだ。
たとえば水力発電は落差が大きい方が出力も大きくなるので、発電用ダムは少しでも水位を高く保ちたい。上水道やかんがい用水も、水不足に備えて1滴でも多く貯めておきたい。しかし洪水吐が自然越流式だと、洪水吐の下端を超えた分は放流されてしまう。ふだんはもっと水位を高く保って、大雨のときだけ放流できるようにしたい。また、治水の目的のあるダムでは、洪水調節のときに下流に流す水の量を最低限に抑え、堤体の設計限界ギリギリまで水を貯められるような運用をしたい。
というような、貯水池の水位や放流量を細かくコントロールするのに最適なソリューションがゲート、つまり水門の設置である。
「クレスト部の洪水吐にゲートを設置しました」
もちろん、自然越流式と同じように、流量が大きい川で洪水吐の数が増えれば水門の数も増えていく。
「クレストゲートは4門に限るな、3門じゃ少ないし5門じゃ多すぎるし」
「え、クレストゲートは多い方がかっこいいって聞きましたけど」
ちなみに、クレストゲートにも種類があって、これまでの写真で出てきたのはラジアルゲートという。扇型をした水門が扇の支点を中心に回転するように開閉する方式で、もうひとつの勢力であるローラーゲートに比べて水圧に強く、開閉機構を目立たず設置できるのだ。
「やっぱゲートつけるならラジアルだよねー」
しかしワッフルのような板が上下に動いて開閉するローラーゲートも、数多くのダムに採用されている。こちらはゲートを上に引き上げるための柱が堤体の上に飛び出しているのが特徴。その分ラジアルゲートと比べて上下流方向の厚みは薄くできる。
クレストゲートをラジアルゲートにするかローラーゲートにするか、設計時にどういう基準で決めるのだろう。そしてシェアではどちらが優勢なのだろう。
「ローラーゲート3門、という完璧なバランス感が君たちに分かるかね」
「いや、ローラーゲートも多い方がかっこいいのだよ」
「先輩その程度で多いとか片腹痛いんですけど」
でも、いままでダムを見てまわってきた経験上、ある程度高さがある重力式ダムでクレスト部にゲートがたくさん並んでいるような場合は、たいていラジアルゲートである。ローラーゲートは多くて6門くらいだけど、ラジアルゲートは20門くらい並んでいるダムもある。この違い、どんな理由があるのだろうか。柱を立てるコストか、もしかしたら耐震性かな?
「ローラーゲートの方が背が高く見えてスマートな姿だよね」
ではここから、クレスト部にゲートがついたダムをさらに枝分かれさせていこう。
水位を下げて大雨を待ち受ける
かつて、ダムはそれぞれひとつの役割しか持っていなかった。発電なら発電専用、水道なら上水道専用のダムがその事業者によって造られ、運用されていた。しかし、1940年代頃から、複数の目的を併せ持ったダム、いわゆる多目的ダムが登場する。
その中で、ダムには新たな運用を行う必要性が生まれる。その運用とは、台風の季節はあらかじめ水位を下げておき、大雨が降ると上流から流れてきた大量の水を受け止め、下流に流して安全な分を放流しながら残りを貯めていく。つまり洪水調節である。
それまでの専用ダムは、上流から流れてきた分のすべてを貯めるか、もしくはすべて放流するかの2択だったのが、季節によって水位を上下させたり、水位を上げながら放流したり、といった複雑な運用が必要になったのだ。
当然、クレストゲートだけではゲートの下端より低くは水位を下げられないし、取水設備も洪水調節で使用するには力不足である。そこで登場したのが、クレストゲートより低い位置にも放流設備を持つダムだ。
「クレストゲートを一部切り下げて低い位置から放流できるようにしてみました」
「堤体に穴を開けてその中に水門を埋め込みました」
クレストゲートより低い位置で放流できるようにした最初のダムは、クレスト部を一部切り下げ、そこにやや縦に長いラジアルゲートを設置した。この水門を開けることでクレストゲートの下端よりも水位を下げて大雨を待ち受けることができるし、水位がクレストゲートの下端に届いていない、大雨の初期段階から放流を開始して洪水調節が行えるのだ。
その後、堤体の真ん中へんに放流するための穴を持ち、その中に放流したり止めたりするための水門を設置したダムも登場した。
ここでさらに2系統に分かれたことに気がついただろうか。クレスト部より1段低い位置に水門を設置したダムと、堤体真ん中へんに穴が開けられ、中に水門が埋め込まれたダムだ。
ダム好きはサインコサインタンジェントよりクレストオリフィスコンジットを学ぼう
ちなみに、クレスト部より1段低い位置の水門をオリフィスゲート、低い堤体真ん中へんに開けられた穴の中の水門をコンジットゲートと言う。完璧な見分けは難しいけれど、大まかに言って、下流側から見たときにクレストの比較的すぐ下に設置されているのがオリフィス、真ん中より下の方に穴が空いている場合はコンジット、と判断して良い。
その後、同じように洪水調節を行う多目的ダムでも、オリフィスゲートを持つダム、コンジットゲートを持つダムとそれぞれにバリエーションがある。
「クレストゲートの間にオリフィスゲート2門設置しました」
「クレストゲートの間にコンジットゲート2門設置しました」
また、コンジット部分にはゲートの代わりにバルブが設置されることもある。バルブの利点は、細かい放流量の調節がしやすいのと、放流した時点で水の勢いを抑える、いわゆる減勢ができるということだと思う。
「バルブ2条(バルブは1条、2条と数える)持ってます、たまにしか使いませんけど」
複雑な洪水調節の運用をこなすために、オリフィスゲートやコンジットゲートを装備した多目的ダム。中には、さらに多彩な運用ができるように、オリフィスゲートとコンジットゲートの両方を設置しているダムもある。
「クレスト、オリフィス、コンジットのすべてにゲートを装備してどんな放流もできるぜ」
「クレスト、オリフィスにゲート、コンジットにバルブを装備して微調整も可能!」
さて、ここまでクレストゲートを持つダムの発展系を見てもらってきたけれど、当然と言うか、クレスト部にゲートがない、自然越流式洪水吐のダムでも同じ系譜をたどっている。
「クレストが自然越流式でオリフィスゲート持ってるダムなんてそうないよ」
「クレスト自然越流式でコンジットゲート持ってるダムもそうないよ」
さらに、クレスト部が自然越流式で、オリフィス、コンジットにそれぞれ放流設備を持っているダムも少数ながら存在する。
「めっちゃ出てるの鼻水じゃないよ」
進化?退化?ゲートレス
そして最近のトレンドとしては、ゲートレス化、つまりローラーゲートやラジアルゲートを設置しないダムが多くなってきている。
理由としては、ゲートは運用の幅は広がるもののその重量から開閉に時間がかかるため、流域面積(ダムに流れ込む水が集まってくる面積)が小さいダムでは、大雨が降ってからダムに水が流れ込んでくるまでが早いので、水門の動作が流入量の変化に間に合わない可能性があるのだ。
また、コストダウンの観点から、メンテナンスや人件費がかかる動作部を少なくする、ということで水門を設置しないダムも多い。そういったダムはクレスト部に自然越流式の洪水吐、そしてその下に同じく自然越流式のオリフィスの穴が空いている、という形が多く、比較的似ているダムが多い。
「量産型ダム、とか呼ぶ奴がいるらしいけど正論すぎてぐうの音も出ない」
ところで、水門を使わずどう洪水調節するのかと言うと、オリフィスの穴を下流に流して安全な量の水が出る大きさにしておくのだ。これだけで、大雨が降って貯水池に水が流れ込んでくるとオリフィスの穴から放流が始まり、流入量がさらに多くなれば貯水池の水位が上がってオリフィスの穴から出る量が増え、貯水池の水位がオリフィスの穴の上端を超えたら放流量が最大になる。
「確かに似てるかも知れないが違いを見つけて欲しい」
もし、さらに雨が続き流入量が減らなければ水位も上がって、クレストの下端に到達するまでは正常な洪水調節が行われる。ここでクレストを超えてしまうと、いわゆる異常洪水時防災操作となって放流量が安全な量を超える。でも、その時点でダムの役割は終わりかといえばそうではなく、洪水調節は延長戦に突入。さらに水位が上がって、流入量と放流量が同じ、つまりダムがあってもなくても流量が変わらない、という状態になるまで洪水調節は続くのだ。
「でも自分たちでも見分けつけられる自信ないわー」
雨がピークを超え、流入量も減ってくれば貯水池の水位も徐々に下がり、オリフィスからの放流量も減って、最後は自然に満水位=オリフィスの下端まで戻る、というわけだ。人為的な操作なく洪水調節ができてしまうのだ。
とは言え、たとえばピークが何度もあるような大雨とか、台風が去ってもすぐに次の台風が来る、といった、ややイレギュラーな条件の場合は、人為的に操作できる水門付きのダムの方が融通が効くかも知れない。
よく見てみよう、心の目もフル動員で
と言うわけで、ダムは一見似ているかも知れないけれど、よく見るとひとつひとつ形が違うよ、というお話でした。そしてその形は、それぞれのダムの役割とか、設置された場所の地形とか、川の流量などによって裏付けされたものなのだ。
そう考えると、棲息する地域の地形や気候、天敵などによって進化したり生態を変えたりする、動物や昆虫などにも例えられるのかも知れない。でも僕は詳しくないので誰かやってください。