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萩原雅紀のダムライターコラム【20】いまこそ盛り上がれ!ロックフィルダム・イン・ジャパン・フェス

ロックフィルダムを見たことがあるだろうか。

ずっしりとした重力式や優雅なアーチ式、といったコンクリートダムと並べると、岩を積み上げて造られたロックフィルダムは「派手さ」という意味では一歩引くかもしれない。ダムを観に行った先で同じ大きさのコンクリートダムとロックフィルダムがあったら、僕の場合なんとなくコンクリートダムをメインディッシュにしてしまう(もちろんロックフィルがメインだ、という人もいるだろう)。

01外観より中身で愛されるタイプ(阿木川ダム/岐阜県/水資源機構)

その名の通り岩を積み上げて造られているので、崩れないように必然的に堤体の斜面はなだらかになり、体積はコンクリートダムとは比較にならないほど大きくなる。実際に行って下から見上げると、同じくらいの大きさのコンクリートダムと比較して「高さ」はそれほど感じないけれど、天端の「遠さ」でとてつもない大きさを実感するという、コンクリートダムとは違う味わい方が楽しめる。

01巨大ロックフィルダムの天端は高いというより遠くてびびる(奈良俣ダム/群馬県/水資源機構)

というわけで今回は、重力式・アーチ式と並ぶ「ダム型式御三家」のひとつ、ロックフィルダムを徹底的に掘り下げたい。

記事初出:『建設の匠』2020年11月26日

 

ダムなのにダムっぽくないダム

ロックフィルダムのいちばんの特徴は、「ダムっぽくない」ところだと思う。もちろん、物心ついた頃からロックフィルダムが身近にあれば、あれもダムだと認識して育つかもしれないけれど、たいていはダムと聞けばまず黒部ダムのようなアーチダムや、何となく「巨大なコンクリートの壁」を想像し、ロックフィルダムの存在を知らずに大人になる人も多い。

01こういうダムがあることを知らない人も多いだろう(松ヶ房ダム/福島県・宮城県/福島県)

20年ほど前に当時の長野県知事が宣言した「脱ダム宣言」でも「出来得る限り、コンクリートのダムを造るべきではない」と書かれていることから、元知事もまさかコンクリート製以外のダムがあるなんて知らなかった可能性が高い。いいロックフィルダムたくさんあるんですけどね、長野県。それかロックフィルダムは本当にOKだったのか。

とにかく、ロックフィルダムはパッと見「巨大な岩山」で、下手をすると「木が全部伐採された山」や「土砂崩れの現場」と思う人がいても不思議ではないルックスをしている。ではその内部はどうなっているのか。岩山でどうやって水を堰き止めているのか、構造を解説しよう。

01土砂崩れの現場だと思う人もいるかも知れない(広瀬ダム/山梨県/山梨県)

ロックフィルにも「違い」がある

岩を積み上げただけでは、その隙間から水がジャージャー漏れてしまうのは、川遊びで石を積んでダムを作った経験がある人なら想像つくだろう。ロックフィルダムは基本的には岩山だけど、どこかに水を堰き止める壁がある。その壁の位置や材質によって、いくつか種類があるのだ。

まず、日本でもっともポピュラーなのが、堤体の内部に粘土質の壁を立てて、上流側、下流側から岩山で挟んだ方式。カステラであんこを挟んだ「シベリア」というお菓子のような断面をしている。粘土質の壁(コア)が水を堰き止め、それが倒れないように岩山(ロック)で包んでいるイメージで、大まかには「ゾーン型ロックフィルダム」と呼ばれている。粘土質の壁とは言っても、巨大ダムになれば底の方は厚さが数十メートルにもなるような代物だ。

ゾーン型の中でも、コアが中心にあって垂直に立っているものを「センターコア型ロックフィルダム」、日本語だと「中央土質遮水壁型ロックフィルダム」という。どちらもかっこいいので好きな言い方で呼ぼう

コアとロックでは粒度が違いすぎて水に濡れるとコアが流れ出してしまうため、その間にフィルターと呼ばれる小さな石や砂の層が挟み込まれている。

01建設中のセンターコア型ロックフィルダム。真ん中を縦に貫く茶色い部分がコア、その両脇にフィルター、その外側がロック(胆沢ダム/岩手県/国土交通省)

01センターコア型ロックフィルダムの断面図。赤い壁がコア、その両脇の黄色がフィルター、グレーがロック

センターコア型は日本でもっとも普及しているロックフィルダムで、超巨大な堤体から小さなものまで数多く造られてきた。

ゾーン型でもうひとつ存在する型式に「傾斜コア型ロックフィルダム」というものがある。コアをフィルターとロックで挟んでいるのはセンターコア型と同じだけど、断面図を見るとコアが上流側から下流側に向かって傾いて埋め込まれている。

01傾斜コア型ロックフィルダムの断面図。下流側に造られたロックの山に寄りかかるようにコアが設置されている

なぜこんな形をしているかというと、建設中のコア表面は雨に濡らすことができないので、天気が悪い日は表面を養生して工事が中断になる。ロック材は天候関係なく積み上げられるけれど、コアと段差がついてしまうと工事が難しくなるため、センターコア型では基本的に同時進行している。その結果、悪天候が続くと工期に影響が出る恐れがある。

そこで、天候に関係ないロック材を山の形に積み上げて行き、好天の日にその上流側の表面を覆うようにコア材を積んで、さらにコアの上流側に保護のためのロック材を積む、という建設方法にすることで天候の影響が少なくなり、工事期間を短縮できると謳われた。

が、結果的には数基の巨大ダムが造られた後は採用されることがなかった。それほど大きな差が出なかったのかも知れない。

01傾斜コア型でも外観はセンターコア型と変わらないので見分けはつかない(岩屋ダム/岐阜県/水資源機構)

コアを内部に埋め込むゾーン型のほかに、岩山の上流側の表面を固めることで水を堰き止める「表面遮水壁型ロックフィルダム」という型式がある。

なかでも表面を特殊なアスファルトで舗装するものを「アスファルト表面遮水壁型ロックフィルダム」「アスファルトフェイシングフィルダム」、コンクリートで固めるものを「コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム」「コンクリートフェイシングフィルダム」と呼ばれている。

01上流面がコンクリートで固められているコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム(石淵ダム/岩手県/国土交通省)

01上流面がアスファルトで舗装されているアスファルト表面遮水壁型ロックフィルダム(大瀬内ダム/宮崎県/九州電力)

どちらも、遮水面が表面にあるのでメンテナンスがしやすい、コンクリートの使用量が少ない、コストが安く早く建設できるといった利点があるけれど、本体のロック材が完全に固定されているわけではないので、建設から時間が経ったり地震の揺れを受けると堤体がさらに締まり、表面の遮水壁に亀裂が入るなどして水が漏れる問題が発生。

どちらの型式も少数造られたのみでその後は採用されなかった、のだが、ここにきてロック材を締め固める技術が確立され、亀裂の発生などの問題を克服。新時代のコンクリート遮水壁型ロックフィルダムは副ダムで採用されたり、新規の建設計画も1基だが存在する。また、現在もっともダム開発が盛んな中国では積極的に採用され、堤高200mを超えるようなコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダムも存在する。

01新時代コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダムとしては最初の事例で2004年に完成した(苫田鞍部ダム/岡山県/国土交通省)

ロックフィルダムは「カンジキ」?

ここまで読んで、なぜコンクリートダムではなくロックフィルダムが造られるのか、という疑問を持った方もいるかも知れない。これは重力式やアーチ式を含めて、すべてのダムの型式が存在する理由でもあるのだけど、堤体が作られる場所の地質や地形と建設コストの関係によるものだ。

単純に材料のコストだけで考えれば、コンクリートの使用量が少ないアーチ式がもっともコスパが良いはずだ。しかし、アーチ式は水を貯めたときに堤体にかかる水圧をすべて周囲の岩盤に逃がすため、地質が良く強固な岩盤で、しかも狭い谷の場所にしか造ることができない。「ラッシュの電車の中でドア際の女の子を両手壁ドンで守る細マッチョのイケメン」を想像してほしい。イケメンが支えても電車の壁が弱ければ決壊してしまうのだ。いやイケメンである必要はないけど。

01両手壁ドンする細マッチョなイケメン(佐々並川ダム/山口県/中国電力)

アーチ式が造れないとなれば次に選択肢に上がるのは重力式である。重力式は本体の重さで水圧を支えるので、少なくとも左右の岩盤にアーチ式ほどの強さはなくて良い。だけど真下の岩盤には、重い本体による下向きの力と、水圧がその本体を押す下流向きの力がかかるので、この部分にはそれなりの強さがなくてはならない

「ライブの最前列でステージに殺到する観客を抑える恰幅の良い警備員さん」が踏ん張る床、といったようなイメージだ。自分でもあんまりな例えだと思うけど。

01「押さないでください!押さないでー‼あーお客様!お客様ー‼」(四万川ダム/群馬県/群馬県)

そこで、重力式も造れないほど地盤が弱い場所にもダムを造るために生み出されたのがロックフィルダムだ(日本では戦後すぐでコンクリートが不足していたから、という理由もある)。基本的に本体のほとんどは岩山なので、まずコンクリートダムと比べて底面積がものすごく大きくなる。そのため、水を貯めたときの堤体が下流側に押される水圧が同じなら、それを受け止める面積が広くなるため、ある面積(単位面積という)あたりにかかる力は小さくなり、コンクリートダムに耐えられない強度の地盤の場所にも堤体を造ることができるのだ。

深く積もった雪の上を歩くのに、靴だと沈む場所でもカンジキなら歩ける、と言ったら分かってもらえるだろうか。

01下流側と同じように上流側もなだらかに下まで斜面が伸びていて、この底の面積の大きさで地盤に優しく乗っかっている(胆沢ダム/岩手県/国土交通省)

というわけで、ダム建設の適地にアーチ式ダムや重力式ダムが次々と造られた結果、現在ダムが計画されている地点はあまり地盤の良くない場所が多くなり、今後はロックフィルダムが主流となるだろう。

……と数年前に書いたのだけど、その後調べたところ、現在計画されているロックフィルダムはたった3基、主流になると思われたセンターコア型は新潟県で建設中の鵜川ダムと大阪府で建設中の安威川ダムの2基だけになってしまった。あと1基はコンクリート表面遮水壁型で栃木県に建設される南摩ダムである。

まさかセンターコア型の計画がこんなに早くなくなると思わなかったし、現状最後のロックフィルダムがコンクリート表面遮水壁型になるとも予想していなかった。

実はこれには、最近になって台形CSG型ダムという日本発祥の新型式が実用化され、いくつかのロックフィルダムの計画が台形CSG型に変更されたという大きな理由がある。台形CSG型はコンクリートダムでもなくフィルダムでもない新しい型式なのだけど、ここで説明すると長くなるのでまたいずれ。

地域によってカラーが違う!

さて、いよいよロックフィルダムの見どころを紹介したい。

何と言っても、やはりコンクリートダムにはない裾野の広がり感と、それに伴う堤体のボリューム感は魅力だ。あと、登ったり降りたりしても大丈夫そう、落ちて死んだりしなさそう、という雰囲気から転じて「優しさ」を感じる、という人もいる。女性的なイメージを抱く人が多いのではないかと思う。

01優しくしてくれそう(奈良俣ダム/群馬県/水資源機構)

そのほかの見どころとしては、堤体を構成する材料は基本的に地元で採取されるので、その地域によって堤体の色が変わる、という点が挙げられる。真っ白な堤体もあれば、黒っぽい堤体、茶色い堤体、それらが混ざったモザイク模様の堤体など、また、表面に草が生えて緑に覆われている堤体もあり、色で言えばコンクリートダムよりバラエティに富んでいる。

01真っ白な岩が積み上げられている白亜のダム(南相木ダム/長野県/東京電力)

01全体が黒い石で覆われている漆黒のダム(七ヶ宿ダム/宮城県/国土交通省)

01いろいろな色が混ざってマーブル模様のダム(殿ダム/鳥取県/国土交通省)

ロックフィルダムの堤体表面は「リップラップ」と呼ばれ、堤体そのものを保護したり見た目を美しく保つ役割がある。リップラップが平らに整えられているダムと、特に整えられていないダムがあって、前者には「美しさ」、後者には「風格」がある、と年季の入ったダム好きたちは言う。美しいリップラップは、リップラップ職人と呼ばれるショベルカーのオペレーターがひとり、黙々と岩を掬い、ショベルを操作して向きを吟味しながら並べて整えている。まさに職人技である。

01あり得ないくらい美しく整えられている(七ヶ宿ダム/宮城県/国土交通省)

01特に整えられていないロックフィル(広瀬ダム/山梨県/山梨県)

もうひとつ、ロックフィルダムならではの特徴としては、「洪水吐の巨大さ」を推したい。

岩や土を積み上げて造る、という構造から、ロックフィルダムは万が一の計画規模を超える大雨の場合でも、何があっても堤体の上を水が越えることは許されない

これがコンクリートダムなら、放流能力以上の流入があって貯水池の水位が上がり続け、万が一堤体の上を水が越えたとしても、たとえば水門の開閉機構が故障したりといった細かいダメージはあるかも知れないけれど、堤体が決壊することはまずあり得ない。

しかしロックフィルダムは、堤体の上を水が越えるとロックやコアが流れ出し、決壊に至る恐れがあるのだ。そこでロックフィルダムは本体に放流設備を設置せず、堤体近くの岩盤を削って、同程度の規模のコンクリートダムと比較しても巨大な洪水吐が設置されている。具体的には放流能力を高くしてある、ということだと思うけれど、絶対に堤頂越流はさせない、という設計者の強い決意のようなものが感じられるのだ。

01いろいろな水門が設置されている上に構造がかっこよくてでかい(寒河江ダム/山形県/国土交通省)

01堤高50m未満とそれほど大きくないダムながら非常用洪水吐のこの長さ!(松ヶ房ダム/福島県・宮城県/福島県)

最後にあとひとつだけ、ロックフィルダムを観に行ったらぜひ観察してほしいのが「よもり」である。

上に書いたように、ロックフィルダムは岩や土を積み上げて造られているので、厳密に言えば堤体はコンクリートのように固定されてはいない。だから、建設から時間が経ったり地震に遭遇したりすると、多少なりとも堤体が「締まり」、天端の高さが下がることがある

実は、ロックフィルダムは建設時にそれを見越して、天端の真ん中部分を設計図の標高よりも微妙に高くしてあるのだ。これを「余盛り」という。天端の端に立って真ん中方面を見ると、微妙に盛り上がっているのが分かるダムも多いので、ぜひ観察してほしい。地味すぎる楽しみ方だけど

01分かりやすく真ん中が盛り上がっている(殿ダム/鳥取県/国土交通省)

死ぬまでに見ておきたいロックフィル

というわけで、ロックフィルダムの基本から構造、そして見どころまで解説した。まとめとして、僕が選ぶ部門別のおすすめロックフィルダムを紹介したい。

北陸ブラック三連星

01九頭竜ダム(福井県大野市/国土交通省・電源開発/堤高128m)

01手取川ダム(石川県白山市/国土交通省・電源開発・石川県/堤高153m)

01下小鳥ダム(岐阜県飛騨市/関西電力/堤高119m)

どういう地質なのか分からないけれど、北陸地方を代表する巨大ロックフィルダムはすべて茶色がかった黒色の迫力の堤体が立ち並んでいる。三連星は下小鳥ダムの代わりに御母衣ダム(岐阜県大野郡白川村)を加え、電源開発管理ダムで揃える説もある。どんな説だ。

発毛にご利益が……⁉ フサフサ系3選

01漁川ダム(北海道恵庭市/国土交通省/堤高45.5m)

01本沢ダム(神奈川県相模原市/神奈川県/堤高73m)

01味噌川ダム(長野県木曽郡木祖村/水資源機構/堤高140m)

狙ってなのか偶然なのか、堤体の下流面一面に、フサフサに草が生えているロックフィルダムがある。春は新緑、秋は黄金色に染まり、年間を通じて美しい姿を見せてくれる。実際に発毛にご利益があるかどうかは不明

本体がとにかくでかい3選

01胆沢ダム(岩手県奥州市/国土交通省/堤高132m)

01森吉山ダム(秋田県北秋田市/国土交通省/堤高89.9m)

01高瀬ダム(長野県大町市/東京電力/堤高176m)

そもそもロックフィルダムは数字以上にでかいが、中でもちょっと怯むくらい大きく見える堤体をチョイス。胆沢ダム、森吉山ダムは幅もありため息が出るほどの雄大な堤体を持つ。高瀬ダムは日本のダムの中で堤高が黒部ダムに次ぐ2位。笑いながら泣けるくらいでかい

出くわし系3選

01奈良俣ダム(群馬県みなかみ町/水資源機構/堤高158m)

01七倉ダム(長野県大町市/東京電力/堤高125m)

01御母衣ダム(岐阜県大野郡白川村/電源開発/堤高131m)

ダムに向かって車を走らせていると、カーブを曲がった瞬間に目の前に出現する巨大ダムがある。思わず叫んでしまう、そんな登場パターンのダムを「出くわし系」と呼んでいる。どれも度肝を抜かれること必至なので、ぜひ心して向かってほしい。

セクシー洪水吐3選

01摺上川ダム(福島県福島市/国土交通省/堤高105m)

01堀川ダム(福島県西白河郡西郷村/福島県/堤高57m)

01青土ダム(滋賀県甲賀市/滋賀県/堤高43.5m)

コンクリートダムと違って本体に洪水吐を設置しないので、目的や地形に合わせたさまざまな形の洪水吐を装備しているロックフィルダム。なかでも特にセクシーなものを集めてみた。摺上川ダムの艶かしいライン、堀川ダムのつるりとした白い肌、青土ダムのほかに例を見ないダイナマイトボディなど、どれも観に行く価値のある洪水吐ばかりである。

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