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建設人事のお悩みに圧倒的熱量で寄りそうメディア

萩原雅紀のダムライターコラム【4】バージョンアップで復活!不死鳥のダムたち

編集部 2021年09月6日

稀に負けるヒーロー

変身したり、合体してロボットになったりして、突如出現した怪獣に立ち向かうヒーローたち。初めは苦戦しつつも最終的に必殺技が炸裂して敵を粉砕、と毎週お決まりのパターンを繰り返す彼らは、基本的に負けることがないだろう。負けたら番組終わっちゃうし。

同じように、市民にとって大きな脅威となる洪水や渇水と戦うダムも、ヒーローと言えると思う。だけど、大雨や渇水は毎回規模もパターンも違う。そしてそんな相手に対して死力を尽くして戦っても、実は稀に負けることがある。

01もちろんほとんどの場合は勝っています

いや、負けるという表現は適切ではないかも知れない。設計されたときに想定した以上の雨や日照りが続くと、そのダムが持つ能力をフルに発揮しても災害を防ぎきれないことがある、ということだ。降り続く大雨に耐えきれず洪水が発生したり、逆に雨が降らずに貯水池が空になって、断水が起こってしまったり。

記事初出:『建設の匠』2019年1月15日

ダムは完全じゃない

ここでいちばん大切なのは、もともと「ダムは完全ではない」という事実を知ることである。

ダムができたからと言って必ず洪水や渇水が防げるわけではない。災害が起こる確率は確実に低くなるものの、決してゼロではないのだ。そして、いちど災害が起こったからと言って役に立たなかった、ということでもない。それまでに人知れず防いだ災害は数多くあるだろうし、川の氾濫から人々が逃げる時間を稼いだり、取水制限や断水を少しでも短くする効果は確実にある、ということは流域に住む人だけでなくみんなに認識してほしい。

02平成30年7月豪雨で想定を大きく上回る量の水が短時間で押し寄せ、下流の被害を防げなかった鹿野川ダム

いっぽう、自分の能力を超えた自然の猛威を目の当たりにしたダムはどうするかと言うと、構造や運用を改良して出直すのだ。二度と同じ被害を出さないために。

放流設備を増やしてパワーアップ!

改良の方法はいくつかあるのでタイプ別に説明しよう。ひとつ目はダムの堤体はそのままに、放流設備を増やすという方法。

たとえば福井県の真名川に設置された笹生川ダムは、1965年に発生した「奥越豪雨」の際、設計時の想定のおよそ3倍もの流入量に見舞われて放流が追いつかず、貯水位が上がり続けて堤体全面から水があふれ出る事態になってしまった。

03笹生川ダム。ゲート放流だけでは追いつかず、この堤体全面から水があふれ出たという

当然、流量のコントロールはできず、下流の村が洪水と土砂崩れで壊滅するのを防ぐことができなかった。そこで、貯水池からダム下流までトンネルを掘り、水門を設置して新しい放流設備を増設。放流能力を上げて奥越豪雨級の流入量にも対応できるようにして戦線に復帰した。

04笹生川ダムが増設した放流設備。赤い水門から流れ出た水は右の山の中を貫くトンネルで下流へ

その後、2004年の福井豪雨では洪水調節の役割を果たし、見事に雪辱を晴らした。貯水池からトンネルを掘って放流設備を増設する同様の工事は、堤体に手を加えることが難しいアーチダムや幅の狭い重力式コンクリートダムで放流設備を増設するため、京都府の天ヶ瀬ダムや愛媛県の鹿野川ダムなどでも行われている。

05天ヶ瀬ダムで行われているトンネル工事現場

06鹿野川ダムで工事が行われているトンネル内部

鹿児島県の川内川に建設された鶴田ダムも、2006年に発生した「平成18年7月豪雨」の際、5日間で年間降水量の約半分が降るという豪雨に見舞われた。ダムへ通じるすべての道や通信、電力などのライフラインが寸断され完全に孤立する中、必死の洪水調節を行なったものの、途中で貯水容量を使い切る事態になってしまう。

その結果、洪水調節ができなくなり、流入量と同じ量を放流する「異常洪水時防災操作」へ移行、下流の大洪水を許してしまった。完成以来、何度か運用を見直して大雨への備えを万全にしていただけに、痛恨の黒星と言えるだろう。

07蘇るため大手術中の鶴田ダム(すでに工事は終わっています)

その後、鶴田ダムは貯水池の運用をさらに見直し、堤体に穴を開けて低い位置に新たな放流設備を設置するという大手術を受けた。大雨が予想されるときは、発電用に貯めている水や、これまで構造上使えなかった低い水位の水まで事前に放流して徹底的に水位を下げ、洪水調節容量を大きく取ることができるようになって蘇ったのだ。まさに不死鳥である。

土砂の堆積をブロック!

ふたつ目はダムに貯まる土砂をどうするかという話。ダムに押し寄せるのは水だけでなく、水と一緒に上流から流れてくる土砂も、ダムを悩ませる宿敵のひとつなのだ。

08土砂が溜まりすぎるとダムとしての機能がなくなってしまう

原則的に、ダムを設計するときには100年で貯まる土砂の量を予測し、それを含めた上で必要な貯水量が確保できるように堤体の大きさを決める。しかし、相手はやっぱり自然。想定外の大雨が降ったり、上流で大規模な土砂崩れが起こったりすると、予測よりも早いペースで貯水池に土砂が堆積していくこともある。そうすると貯水量が減り、つまり洪水調節容量や用水の確保量が減ってしまう。そこで最近は、各地のダムで貯水池に土砂を貯めないようにする改良が行われているのだ。

長野県の天竜川流域に設置されている美和ダム、小渋ダムはどちらも中央構造線とフォッサマグナの交点に近く、脆い地質の影響で完成直後から想定以上の土砂の堆積に見舞われていた。美和ダムは100年で貯まると予測された土砂の量の2倍に達して貯水量が減少。小渋ダムはこのまま土砂の堆積が続けば、通常の洪水調節などで使用する放流ゲートが埋まる恐れがあった。

09天竜川を守る多目的ダムコンビ。左:美和ダム、右:小渋ダム

そこで両ダムは貯水池の上流端に小さな堰を設け、そこからダムを迂回して下流に繋がるトンネルを建設。大雨で流量が多いときは、上流から流れてきた土砂を含んだ水を貯水池に入れず、洪水調節に影響のない範囲でトンネル経由で下流に流してしまうのだ。これは「土砂バイパストンネル」と呼ばれ、もちろん下流に流せる量以上の分は貯水池に貯めるのだけど、ダムなのに貯水池に水を入れず直接下流に流す、というのは一瞬アイデンティティを否定しているようでびっくりする。

10美和ダム貯水池の上流端に造られた分派堰。ふだんは堰を越えて左の貯水池の方に流れ込み、流入量が増えると右側の水門が開いてトンネルの方に水が送られる

11上の写真の反対側。水門を通った土砂を含んだ水はトンネルに入って行き、ダムを迂回して下流へ

12美和ダムのすぐ下流にあるトンネルの出口。こうして土砂を含んだ水はダム湖に入らず直接下流に流される

いっぽう、宮崎県の耳川に設置された九州電力の発電ダム群も、堆積する土砂に悩まされていた。2005年の台風14号による豪雨では、放流ゲートに引っかかった流木や、貯水池に堆積した土砂によってダム上流側の水位が異常に上昇、貯水池沿いに立ち並ぶ住宅や商店の大半が浸水する被害が出た。

そこで、山須原ダム、西郷ダムではダムの上に並んだ放流ゲートの一部を撤去して堤体を切り下げ、そこに巨大なゲートを設置するという大改造を行っている。

13巨大なゲートを設置工事中の山須原ダム

14工事前の山須原ダム(2004年撮影)。もうこの面影はまったくない

152004年頃の西郷ダム。アーチ模様がかわいい

16改造工事が終わった西郷ダム。ガラリと姿は変わったがアーチ模様が受け継がれているのが嬉しい

大雨で流量が増えたときに、巨大なゲートを開けて貯水をすべて放流、通常の川と同じ状態にすることで底に貯まった土砂を流してしまうのだ。これだけ聞くとかなり荒技な印象だけど、洪水調節などの目的がない、貯水量もそれほど多くない発電専用ダムだからこそできる効率的な方法だと思う。

新規にダムが造られることが少なくなってきたこれからは、いまあるダムをいかに有効に長く使えるかがポイントになってくる。ダムの堆砂対策は、今後のダム再開発の中心になってくるのではないかと思う。

本体を巨大化して強大な敵に挑む!

3つめの方法はダムの本体の巨大化である。敵が巨大化したからこちらも変身したり合体してロボットになったりして巨大化、というのと同じ流れである。台風が強力になったり温暖化したり、水を供給する地域が広がったり、といった環境の変化にダムを合わせる、ということだ。

設計時の想定を超える大雨や渇水に見舞われ、それに対応するためにさらなる貯水容量が必要になったとき、まず考えられるのは近くに別のダムを造るという方法だ。けれど、いい地形がなかったり予算などの都合でそれが難しいこともある。それならいまあるダムを大きくして貯水量を増やすことができれば、買収する用地も少なくて済むし、工事も最小限で済むし良いことづくめなのだ(ただし、最初のダムを造ったときに湖畔に移転したのにもういちど移転しなければならない、という非常に気の毒な人が出る可能性はある)。

実は兵庫県の立ヶ畑ダムや千苅ダムなど、昭和初期から行われている歴史ある手法だ。もっと言うと満濃池(まんのういけ、香川県にある日本最大規模の灌漑用ため池)など、古くからあるため池はかさ上げを繰り返していまの大きさになったとも言える。

現在工事が行われているものでは桂沢ダムがある。北海道で最初に造られた多目的ダムの堤体にコンクリートを継ぎ足して12.4m高くし、貯水量を1.5倍に増やすのだ。

17かさ上げ本体工事開始前の桂沢ダム。下流側にコンクリートを盛ってひとわまり大きくなる

温暖化で気象の振れ幅が大きくなったり、自然エネルギーへの回帰で水力発電が再注目されながら、新規にダムを造ることが難しいこれからは、いまあるダムを巨大化して能力を増強させる、という方法がもっと増えてくることになるのかも知れない。

後世のために新しいダムの身代わりで水没!

4つ目の方法もダム本体の巨大化なのだけど、ロックフィルダムのように構造的に継ぎ足しが難しかったり、地形的に無理だったり、新旧ダムの大きさが違いすぎて非効率だったりすることもある。

そんな場合は現在ある堤体の下流側に巨大ダムを造り、古いダムを新しいダムの貯水池に沈めてしまうのだ。「ターミネーター2」のラストシーンを思い出させる、なかなかドラマチックな手法だけど、実は直接のかさ上げよりもこの方法の方が事例が多いと思う。

最近だと、大夕張ダムが沈んだ夕張シューパロダム(+43.1m)、石淵ダムが沈んだ胆沢ダム(+79m)、菅野ダムが沈んだ長井ダム(+81m)など、北海道や東北で事例が多い。

18建設中の夕張シューパロダム天端から見た大夕張ダム。建設前に単体で見たときは大きいダムだと思ったけど、ここから見るとこんなに小さかったっけ、と感じてしまう

19大夕張ダムから見た建設中の夕張シューパロダム。目の前に自分より高いダムが造られていくときの心境はどんなだろう

20石淵ダムの下流の方に胆沢ダム堤体が見える

21ありし日の石淵ダム。日本で最初に造られたロックフィルダムだった

22完成直後の胆沢ダム

そして今後行われるものでは、岐阜県の丸山ダムの直下に建設される新丸山ダム(+24.5m)の工事がまもなく始まろうとしている。

23目の前に新丸山ダムが建設される丸山ダム。古き良き堤体が見られるのもあとわずかだ

ダムはいちど造られたらそのまま、と思っている人も多いと思う。でもさまざまな目的のダムがさまざまな敵と日々戦い、必要であればバージョンアップをしている。それはすべて私たちの安全な暮らしのためなのだ。

誕生してから生涯を終えるまで、常に自然に寄り添い、ときに荒れ狂う自然と対峙するダム。自然の中で人間が安全に暮らせるように、その身を捧げて人と自然の間を必死に取りなすダムは、ただ静かに佇んでいるように見えて、その背中に背負うものは重く、その目は常に未来を見据えている。どこが背中でどこが目かはともかく。

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